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義理の父 【農学博士 宮崎義光】 [歳とること]

【農学博士 宮崎義光】義理の父が他界


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99歳の誕生日を境にして、更なる学ぶことのメモを残して


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2019年、5月16日午後2時23分に自宅で亡くなった。

手摺も付けず、介護ベットも使わず、前日まで元気だった

苦しむことなく、初日の介護ベットの上で亡くなった義父


ひとりで食事を作り、ひとりで食事ができた気骨な義父

死をむかえる数日前まで、パソコンを使い農学書を書く義父

家族との食事、姉妹の会話、様々な事にも耳を傾け、専門用語も飛出した‥義父


99歳に急な衰えを感じられた、「人間の衰えと死」を感じさせられた義父




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私が、父に差し上げた「フィレンツェの大聖堂」のスケッチ

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歳とること 阿刀田 高の新聞記事 と 林家正蔵の言葉 [歳とること]

                   【座右の銘】      「私の履歴書」 阿刀田 高 20180630

私は度々、友人に愚痴を聞いてもらう。
それがどのように聞こえて、考えているかも考えていなく話を聞いてもらう。69歳になって、聞いている側はこんなことをと思うのかと知らされた。 後は、阿刀田さんの記事を書く。

“人は自分自身について語るとき、それは常に自慢話である”と私はこう放言する立場である。卑下したり失敗を語ったり、マイナス面を言う時も、これは裏返しの自慢であることが多い。

“昨今は死を意識することも多く、「花は散るために咲く」と勝手に箴言を創って座右に置いている。花は散るために咲くからこそ美しい。人も、私たちの営みはすべて死を意識することから中身濃くしてきた。少なくとも文学はそうだ。A I は死ぬことができない。-ざまあみろ- ここにおいて人はAIより優れている。残された余生はこのあたりを考えよう。

 

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愚者の質問 倉本 聰 [私の読書]

【愚者の質問 倉本 聰】


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難しいこと事をやさしく、理系の数学的な難しいことを文系の人の側から質問をする


私は理系ではあるが、建築の事、意匠的な事しか興味が無い私でも、結構おもしろく読めた。
この本から抜粋してここに記録することにした。常に、勉強が必要だと言うことは理解している。


【すばらしき偶然の惑星・地球】賢者/伊藤和明氏


1978年宮城県沖地震の地震は、仙台市周辺の丘陵開発、開発した土地の境目、地盤の「液状化」。1964年の新潟地震も同様です。そして、1995年1月の神戸の震災も同様。すべて、土地の開発自体のずさんが原因。その他にも心配。「液状化」が起きないように、対策をして開発した海副都心、横浜のMM21が、どうなるだろうか?そして、いつかはやっぱり人類は全滅することになるでしょう。

「餓死」今の世界の人口は65億人、2050年には100億人。中国とインドを合わせて、人口の4割ぐらい。日本の人口の減少、少子化は常に進んでいるが、中国とインドの人口は異常な伸び。

そして「高温化」により、台風はどんどん巨大化する。


【自然体験が育てる子どもたちの脳と心】 賢者/澤口 俊之

「カンガルーケアVSスポック博士」
脳が大きすぎて産道を通らないから、大体半年から1年早く生まれ、脳・体も未成熟で生まれる。
少なくとも24週間は、お母さんが優しく包み込むように抱いておく必要がある。

2000年頃までは、スポック博士が提唱した育児、“子供を離して育てる”
その後、スポック博士が亡くなってから、育児方法が変わった。今までの人達に、人格障害の弊害が見られた。五感「視・聴・嗅・触・味」の比率、バランスは、視覚が60%、皮膚感覚20%、触覚20%、聴覚10%、嗅と味覚は5,5%。

1:どのような環境で育つかが重要、例えが音楽、音楽用の脳の領域が大きくなる。だいたい3歳から8歳まで。
2:神経質 過干渉、過保護に子どもに口出しするのは良くない。大人になって反社会的になる。
 体験・経験が記憶になる
3:お母さんが働きに出ている子供は、情動的発達が悪い。子どもを産んでから1~2年間は、働く時間を週27時 間以下、一日5~6時間。
4:親の離婚は子供にとって、知的、情緒的に悪い。
5:禁止規範、禁止事項を教えるのは父親


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梅原龍三郎と女優 新聞20190407 [私の読書]

画家と女優  梅原龍三郎と高峰峰子

目が語る真実の姿捉える

似てない 内心はギックリ


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シニアの労働 保険 日経新聞切抜き [歳とること]

<シニアの労働>

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【60歳からのひとり旅Ⅸ】中欧 プラハ [60歳からの旅]

【60歳からのひとり旅Ⅸ】中欧 プラハ
はじめての中欧の旅。私は、プラハをチェコスロバキアの首都として覚えていた。ベルリンの壁が崩壊して、1993年にチェコ共和国とスロバキア共和国と二つの分れ、チェコの首都は変わらず、プラハ。ドイツにも近く、オーストリア、ポーランド、スロバキアに囲まれている位置。プラハは、“ヨーロッパのヘソ”と呼ばれている。或は、プラハの表現としては、“北のローマ”、“童話の国”、“百塔の街”、“黄金のプラハ”。

プラハほど色々の名が似合う街はない
パリ、マドリード、ウイーン、ローマより美しい街だろう
プラハのカフェの朝は遅い、朝起きが好きな私は、フィレンツェが好き



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ヴルタヴァ川(ドイツ語モルタウ川)で2分され、東のお城、城下町と西の旧市街、新市街の4区分。“歴史は6世紀後半にスラヴ民族によりヴルタヴァ川河畔に集落が形成された。9世紀に西側の丘陵にプラハ城の基礎となった城塞が築かれたことに始まる。‥12世紀になってボヘミア王国に昇格して領土が拡大、14世紀半ば、ボヘミア王国カレル1世が神聖ローマ皇帝カール4世になると、プラハは帝国の首都となった。(世界遺産100より)“




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交通機関の地下鉄・トラム・バスはすべて同じ切符を利用

切符は、必ず使用前に時間を、改札にあるの刻印機に自分で刻印することをわすれにこと。ほとんど駅員はいない。
乗車下車時に、極たまに、乗車券の検査員に出くわします。日本人は、観光客だからチェックされないかもしれない。でも見つかれば2倍の料金を取られます。金額より、嫌な思いをするから買った方が良い。

自動改札機は、良く壊れているので、タバコ屋さんを見付けて買ってください。60分、90分、1日券、3日券などあります。


私の「おとぎ話に出てきそうな幻想的なプラハ」の観光は、「室内弦楽コンサート」(シニア料金聴ける)と「カレル橋の30人の聖人」の見学だった。

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プラハでは、室内コンサートを3回(それも、シニア料金)聴きに行った。
毎回、1時間、夜6時或は、夜8時からだった。
懐かしい音楽、日本的なフレーズ(タイトルが“新世界”1893年、ドボルザーク作/チェコ生まれ、1841~1904とも知らず)だな~と思いながら聴いていた。
それもスメタナの音楽ホール(ドボルザークとスメタナの関係も知らず)で演奏された。演奏中もスケッチをしていたが」、前の列の男の子が、じろじろ見るので途中で中止。
旅から帰って、ラジオから流れる新世界を聞くたびに、そのときのことが懐かしく思う
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カレル橋は夜景と朝焼けと一日中、美しい景観を愉しめる


朝6時頃の景観“街灯と聖人が浮出してくる美しさ”

ガス燈の明るくも瀟洒な光に何か凛としたものを感じる。ガス燈の清廉なる灯りがしっくりくると思う/服部圭郎氏
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お城、カレル橋にライトアップされえた景観は美しい

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【その他の観光】


「ダンスをするビル」
建設当時、1995年、ヴルタヴァ川沿いに建つ、「ダンスをするビル」(二人の設計 ひとりのアメリカの建築家フランク・O・ゲーリー)は、専門家たちから批判されたが、すっかり環境に溶け込みプラハの観光名所になってなっている。ホテルとして利用されている。屋上は有料で見学できる。
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「プラハの城壁」
城壁も素晴らしいディテールが見られる。ローマ人とは違ったディテールの城壁だ
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山の傾斜地に築く城壁、笠木の煉瓦との複合


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石積みの目地つぶし

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「マラー・ストラナ地区」
プラハ城の城下町の街、ドイツ人とイタリア人によってつくられた街、さすがにイタリア的(ロマネスク様式、壁に開口部が少ない)な雰囲気がある。

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「様々な尖塔」
プラハは、「百塔の街」と言われている。“プラハを歩く/著者田中充子”が数えたところ、東西南北3㌔㍍の範囲に600以上はと思われるほど、本当にたくさんある。それもイタリアで見られない奇形である。玉ねぎのような、鎧の兜を思わせるような不思議な形をしている。地域的にも違うとのことなので、形にも意味があるのだろう。
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「プラハ城」
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第二の中庭から見る景色


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「その他の見学」

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BSNHKを見ている人は分かるだろう


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昔の小便器はこうなんだろう


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図書館の入り口にある、これも観光名物


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音楽、演奏風景が似合う街


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美人?、スタイル良い、9頭身?が多い街


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国立博物館の階段ホール

「もう一つの好きな橋」
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「旧市庁舎」
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旧市街市庁舎のからくり時計


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市庁舎の塔からの景観


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アパートの近くのレストランの椅子からの景観


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カトリック教の聖職者の堕落を批判しこの広場で1415年に火刑


最後の日の観光 20190415

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行きつけのカフェ、安くて美味しいチョコレートケーキとコーヒーがある



プラハで忘れられないのが【プラハの春

チャスララスカ選手のことを、この記事で知った

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ひとり旅は愉しい [60歳からの旅]

【60歳からのひとり旅】


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9年間の旅のスケッチ集


【60歳からひとり旅は愉しい】

2011年から2019年まで9年間、年1回の海外旅行が終わった。

仕事があって、妻の理解があってできたこと。妻には感謝をしている。


僕の趣味は、「スケッチ」「広場・実測」「人間観察」をすること。となると、愉しいのは海外になる。
旅先での「宿泊」のホテルのグレードもあまりこだわらない。1泊、1万円を目安で、ブッキングドットコムで探し、予約。たまに良いホテル・ペンションを利用する程度だった。
「食べること」には、あまり興味が無い。
そして、「買い物」はほとんどしない。猫とフクロウの置物と孫のお土産など、簡単なお土産を買う程度。そのようなあまり費用の掛からないひとり旅だった。

歳と共に、旅のかたちも少しずつ変わるのだろう。



この写真を見て、9回の旅のスケッチは、けっこうあると思う。うまい下手は別にして‥。

9回の中で一番良かったのは、ひとり旅Ⅷ、2018年5月30日から6月15日の16日間のスペインのアンダルシアの旅は最高だった。

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やっぱり、旅は気候のいい時が良い。暑いとき、寒いときは控えたい。スケッチがゆっくりできない。そして、旅行スーツケースが大きくなる。だから、最高なのは4月下旬から6月末 9月下旬から12月中旬だろうか?

「私の旅のこだわり」は3つある。

1:機内に持ち込めるサイズのスーツケースとリュックの2つだけ

2:旅先での宿泊先の移動には、スーツケースを持ち歩かない

3:一冊の本、例えば「旅の窓/著者:沢木耕太郎」を持って行く

そして、旅行は、やっぱり一人が良い。家族、友人、オーナーと行ったことあるが、お互い気を使い疲れる。

【これからの海外の旅】

知らない人との出会いこそ、旅の愉しさ

これからの旅は、旅先で会う人達、地元の人だけでなく、旅行者、日本人とのコミュニケーションも同様に愉しみたい。日本での忙しい日々、コミニュケーションが忘れられようとしているように思う。
これもスマホの影響だろう。分からなければ、人に聞くでもなく、書籍を調べるでもなく、全てスマホで解決。
その情報が誤っていても、事実として受け入れるようなこの頃ではある。

旅先では、人とのコミュニケーション、アドバイスなどの情報を大切にして、旅を愉しむ。
そのためには、訪れる先はなるべく少なくして、ゆっくりとくつろげる旅を計画。
普段の休日の延長のような日々を海外で送る。好きな絵画を見て、好きな彫刻を見て、、時間を気にすることなく散歩して、好きな時に食事をし‥日本での“ひとり、夫婦の休日のような日々”を送りたい。

「旅のかたちも変わった」

ここ何年の間にすっかり旅の形は、大きく変わった。多くの日本人は買い物袋を両手に掲げ、という時代は終わった。今は、中国人から韓国人の旅行客が多くなった。あまり買い物に追われている様子はない。

これからの旅の形の変化は以下の事だろう。
1:スマホ 相手に連絡するため。例えばペンションの予約の変更などの連絡には必要
世界の情報は、ヤフーでなく、グーグルの利用がやっぱり必要。
2:キャッシュカードの所持  いつでも現金を引き出せるATMコーナーは各国、各街にはたくさんある。恐らく日本が一番少ないかもしれない。今回初めて利用した。一度間違って沢山引き出した。

3:宿泊先は、ホテルでなくペンション 台所 食堂 リビングと別れ(つまりマンション一つの住戸)、出費の倹約になる

4:スーツケースは移動の時には所持しないゴロゴロと転がしながら旅先から旅先に移動するのは、恰好が悪い。今回はプラハに行き、プラハから帰国。その3日前にプラハに戻り再度の宿泊先にスーツケースを預けて、リュックと手提げ袋で移動した。

5:同じ街に数泊する。たとえば、フィレンツェから日帰りでシエナ、ピサ、サンジミニャーノに観光するようなスケジュールも立てられる。

6:宿泊先で行きつけのカフェ、レストランを見付ける
複数回行くと、お店の人は自然と挨拶、街に溶け込むたようで愉しくなる。

7:旅行の衣類でなく、オシャレな衣類で愉しむ
ジーパンの似合う日本人は少ない。見るからに旅行をしているような服装は控えたい。
美術館、音楽会に行くにも、少し考えたおしゃれをしたいものだ。これも愉しみ方。

8:タンブラーを持ち歩き。
コーヒーでなくお白湯を入れて、けっこうこれが便利

その他色々考えられるが、先ずは一人旅行、夫婦旅行をする楽しさを味わうことが必要。
人はときと共に歳をとる。見るものに対するか感激、感動も薄らぐ。
どんなに素晴らしいものを、豪華なものを見ても若いときとは違う。
だから、本当に好きなものを見付けて旅を楽しみたい。

人と人とのコミュニケーションを愉しみたいものだ。

人と動物、自然とのコミュニケーションかも知れないが、


元気なうちに、人生を愉しみたいものだ

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【60歳からのひとり旅Ⅸ】 ボヘミヤの旅  [60歳からの旅]

【60歳からのひとり旅Ⅸ】 ボヘミア地方の旅

2019年4月4日~4月17日


60歳最後のひとり旅Ⅸは、中央ボヘミヤの中心都市、“ヨーロッパのヘソ”と呼ばれるプラハを中心に旅をした。それは、友人から“世界で一番美しい街がプラハ”と、聞いたからだった。そして、美しい街には、美しい広場があると思った。関係はないが「ボヘミアン・ラブソディ」という言葉に魅かれたかもしれないな~。

全く初めての中欧ヨーロッパだが、愉しい旅だった



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「チェコ」 と「スロヴァキア」そして、ちょこっと、ウィーン

              4日~7日 プラハ
              7日~10日チェスキー・クロムロフ 
             10日~13日プラチスラヴァ 
                    この間2日ウイーンに往復(14ユーロ)
             13日~16日 プラハ 

2週間の旅の出費は、航空運賃10万円と宿泊費11万円と旅先の交通費・飲食費等9万円 合計29~30万円
中欧は物価も安く、移動の交通費も思った以上に安かった。

プラハのカレル橋の見学とスケッチのひとり旅だった

自宅を朝一番のバス5時25分に乗る。そして、日暮里で、チェコ、ホテルまでのの交通費等を考えて、チェコのお金コルナを1.2万円分(レート0.57)を両替。成田から午前10時15分発LOTポーランド航空に乗る。機内食も良く、それ以外にインスタントラーメンの「OYAKATA」味の素が美味しかった。

ポーランドのフレディリック・ショパン国際空港に4月4日午後2時30分に到着。
3時間後、プラペラ機でプラハに午後7時30分頃到着。
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飛行場から100番のバス、車内で切符を買って、バスと地下鉄を利用し、ホテルの近くの駅に行く。
目的のホテルには、午後9時過ぎに到着。ここで、前払いだとか言われて、違和感を覚えて、“部屋を見ないと払えない”と話し、部屋を見せてもらったら、“お湯が出ない”、“電気がつかない”部屋を紹介された。“他の部屋は無い”とか言っていたが、粘って話をして、やっと部屋を変えてもらって一安心。
その日はシャワーを浴びて、すぐに寝た。


「最初の観光地 プラハ」

初日の4月5日、朝3時に起床してスケジュールを計画。ホテルを6時に出る、目的地のカレル橋を散策。8時頃、朝食のためにホテルに戻る。
ホテルで、次の目的地チェスキー・クロムロフ行きのバス駅を尋ねて、9時に観光出発。
そのバスの発着所も分かりにくくて、親切な人が道案内をしてくれたが、後でお金を要求された。
10日12時発チェスキー・クルムロフ行きのバスの切符購入。
そして、プラハ城、カレル橋、旧市街地をしっかり歩く。ホテルに戻り、着換えて午後6時からの生演奏を聴きに行った。
4月6日 今日も朝4時に起きて、5時30分にホテルを出る。
路面電車を利用して、朝食7時30分頃までカレル橋周辺を見学する。
昨日見付けたカフェーで朝食、コーヒーを飲む。
スケッチ、散策で一日をゆっくり送る。そして、カルルシュテイン城に行く。
プラハの最終日の4月13日のためのペンションを見付けて、苦労してオーナーと連絡がとれ、スーツケースを預かってもらう約束をした。

4月7日 朝3時30分に起きて、ホテルを5時30分に出て、朝食前に戻り、また観光に出る。そして、最終のペンションにスーツケースを預ける。そして、リュックサックと手提げ袋を持って、バスのターミナル駅に行き、バス乗り場に行った。多くの格好客が待っていた。午後0時頃 チェスキー・クロムロフ行きのバスに乗る。車内で、準備をしていたパン、リンゴ、人参を食べ、車窓からの景観を愉しみながら3時間のバス旅行
だった。
 午後3時頃、チェスキー・クロムロフに到着。バス停と旧市街地とが離れているため、迷いながらペンションに辿り着いた。チェックインの時間だが、オーナーはいない。近くの住民にお願いして、連絡をしてもらった。
ということで、1時間後に、やっと部屋に入ることが出来た。荷物を整理し、直ぐ観光に出た。
4月7日~10日夜景、スケッチと愉しむことが出来た。落ち着いた街だった。
観光案内所で、次のブラチスラヴァ行く方法を尋ねたが、一度、プラハに戻ってからから目的地に行くのが良かったかもしれない(水曜日11日なら直行便があるとのことだったが)。
乗換をくり返しながら、目的地スロバキアの首都、プラチスラヴァに10日午後3時頃に到着。
4月10日~13日 プラチスラヴァでは、2日間ウインを往復する日々だった。
新しい好きな広場、サンジミニャーノの広場のような広場を見付けた。
https://musashinosekkei.blog.so-net.ne.jp/2019-04-23

4月13日 プラハに戻る途中、チェコのブルノに寄るつもりだったが、妻の助言を思い出して、計画を変更、時間に余裕を持たせて直行。午後4時に最終の観光地プラハに到着。またここでも、ペンションのオーナーと連絡がとるのが、大変だった。廻りの住民4人ぐらいにお世話になり、やっと連絡がとれ、入室が出来た。

今回の旅で一番高いペンション(12000円/日)、さすがに良い部屋だった。カレル橋にも近く、安く1000円程度で朝食が出来るホテルを紹介してもらった。レートの良い両替所、スーパーの場所など教えてもらったりで、この最後の三日間を愉しんだ。

4月16日 予定より1時間遅れて出発したが、予定通りに17日の朝10時頃到着。そのまま、事務所に行き2週間分の新聞、連絡をして普段の生活が始まった。




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プラハから「チェスキークロムロフ」の旅 [60歳からの旅]

チェスキー・クロムロフの三日間
何処にも行かず、ゆっくりとスケッチとカモとの遊びと夜景を楽しんだ日々

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プラハでは、ゴ~ン~  ゴ~ン~という教会の鐘の音で起き
(5時は5回の音、そして、30分毎、30分には鐘の音は二回)

チェスキー・クロムロフでは、川の流れの音、鳥の囀りで目覚めた
というよりも、僕の方が1時間ぐらい早く起きるので、‥でも雰囲気的にはそうだった。


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蛇行する川に囲まれた小さな街

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2019年4月10日、旅も1週間目になる。言葉を覚えた。これも海外の旅だから愉しめること。
「お早う」を、“ドブレー ラーノ”と言う。そして、「こんにちは」は、“ドブリー デン”  「ありがとう」は、“ヂュクイ” 何回も使い、笑顔、笑われたりの返事ではあったが、でも、一時の旅行気分には慣れる。ただ、私にとっては覚えにくくすぐ忘れた。

チェスキー・クロムロフは、ときの流れがゆっくり、チェコの田舎町、落ち着いた街

本当に観光だけの街だ。観光客のためのアパートとして、観光客のためのレストラン、お土産店だけが並ぶ街だ。あるレストランに来るカモの夫婦と遊ぶ、カモにもテリトリーがあり、縄張り争いを良く見かける。
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カモの夫婦のテリトリーはこのレストラン辺り


川に囲まれた、美しい街だ。他の街に観光をと思ったが、ここでゆっくりスケッチをすることに決めた。
昼食と夕食は、COOPで買い物をして、アパートで自炊の日々だった。
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右手前の子供のお店で、孫のお土産を買った


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この階段を下りて私の借りたアパートに行く


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何を話しているのか、ここにはいつも誰かが腰かけている


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スグラフィットの壁

イタリアから入ってきた装飾技法、16世紀中頃、ボヘミヤ全土に流行、宮殿や中産階級住宅の壁に使われえた。
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シックイ塗の上に、塗料を塗って、一部を掻き落して立体的に表現




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行きつけのカフェで写真

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プラハ カレル橋のスケッチ [60歳からの旅]

【60歳からのひとり旅Ⅸ】


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プラハの美しさは、カレル橋と尖塔


プラハは「百塔の街」というように尖塔がたくさん立っている。
周辺の建物の高さが押さえた建物群だからこそ、尖塔が美しく見える。そして、尖塔は不思議な美しさがある。

16日の10時に最後のペンションをチェックアウト。その前に、最後のカレル橋のスケッチをした。


旅行最後のスケッチでーす。

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スケッチの場所は、たくさんある。どこから見ても美しい橋だ。その中で一番好きな場所はカモメを見ながら、愉しみながらスケッチできる場所からだった。

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ゆっくりホテルに向かった。本当は、朝食のために8時頃ペンションに戻るのだが、今回はリンゴをかじりながらのスケッチになった。

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