So-net無料ブログ作成
検索選択
60歳からの旅 ブログトップ
前の10件 | -

スペイン マドリッドの広場調査 [60歳からの旅]

スペイン旅行マドリッド」 マヨール(大きい)広場と小さな街路の調査
街を読むのは面白い。都市は、経済と相関性を持ちながら、細胞が外に外にと成長するように広がる。

初期のマドリッドの街は、決して現在のような大きな都市ではない。マドリッドの前の首都は、今なお城壁に囲まれたトレド(1200m×1200m)、だから当時は、ここよりは小さな都市だったはずだ。また、トレドは、河に囲まれ、成長できない環境のために中心都市は移行したのだろうか?

【マドリッドの都市網】

現在もマドリッドの中心駅は、地下鉄のソル駅。この駅を中心にして路線は組まれているようだ。地下から地上に出る。周辺「プエルタ・デル・ソル」、“太陽の門”。つまり、都市の一つの入り口に相当する。城壁は残されていないので、はっきりしたことは分からないが、“都市はどのように築かれたのだろうか考えながら、地図をよく見る。周辺の整然とした街路の中に、不自然な網のような形状をした街路のある、マヨール広場を中心にした都市が見えてくる。

マドリッド地図.jpg


【歴史的な街の構成】

初期の街を二分して東西に走るマヨール通り。そして、ほぼ中央にあるのが、マヨール広場。
初期の街は、900m×1300m。街路は迷路のような、イスラムのカスバを思わせる街路が“歴史的な街区”を構成している。迷路ののようが街路が成長をくり返しながら、現在のような大きな都市に発展した。トレドとほぼ同じ広さ、初期のバルセロナの1200m×1200mよりは小さな街だった。と考えると大きな都市のマドリッドを見学するのも愉しくなる。私の「60歳からの旅」は、全てを見学するのでなく限定した小さな旅日記。

【マヨール広場】

マヨール通りから少し中に入ったところにあるのが、街区の中心は「マヨール広場」。
さて、測量レザーとカメラとスケッチブックを出して調査をはじめよう。

広場に入る。中央には、この広場を建設した“フェリッペ3世”(1598~1621)の騎馬像とその像を象徴するように4本の街灯がある。レーザーで広場を測ったら、広さ74m×121m(アーケードは奥行き4.5m除)あった。私が持っているレーザーの測定器だと、距離的には2度~3度で測ったので、あまり正確でないかもわからないが、昔歩測に比べれば相当に正しい数値。
日本のガイドブックには、色々な広さを記述しているが、私の方が正しいだろう。

広場の特色は、矩形の形と統一した水平ライン(4階建ての建物の屋根のライン)の高さが18m。比率は1:4でかなりの開放性のある広場。広場は、それほど目を引き様なものはないが、私にとって面白いと思ったことは、2つある。

一つは、この広場に流れ込む10本のアプローチがあること
日本のガイドブックには、9本の街路が広場に‥、と書かれているが、それは間違っている。正確には10本のアプローチ。1本はプライベートのような街路(鉄扉がある)で分かりにくいかもしれないが、潜り抜けるとマヨール通りでる。10本のアプローチが、それぞれ特色がある。非常に楽しい、趣があり、意味がある街路。

もう一つは、広場の下が、公共的に有料パーキングに使われていること
時代的には画期的な事だと思うのだが。有効利用をしている。建物の屋上が、都市の広場として機能している場合(イタリアのグッビオのシニョーリア広場)もあるが、非常に珍しい。

というわけで、10か所全てのアプローチを帰国前の、午後6時までの4時間ほど掛けて調査をすることにした。
結構忙しいかった。


マドリッドマヨール実測.jpg



17世紀前半、建築家ファン・ゴメス・デ・モラによって、現在の5階建ての集合住宅に囲まれた広場がつくられたそうだ。18世紀末に大火災があったが、原型を元に、19世紀半ばに完成。9つのアーチを持つ4階建ての現在の形になった。

それだけでは、実測する気がしない。しかし、非常に興味を引き点がある。
1:広場の下は駐車場に使われている。

2:興味の魅かれる9カ所のアプローチ+1(個人的なアプローチ)の10箇所がある。
その中でも、最も個性的な門と知られている「クチリェロス門」からだろう。

1)マヨール通りから入る幅8.5m駐車のアーチのアプローチ1‥地下の駐車場に入る
マヨールスケッチ001.jpg

マヨール1005.JPG















2)アプローチ2‥太陽の門から「斜めにアーチのアプローチ2」、幅7mの情緒ある街路

マヨールスケッチ002.jpg

マヨール2006.JPG













マヨール2001.JPG





















3)アプローチ3‥地下の駐車場に入る人の静かな「アプローチ3」

マヨールスケッチ003.jpg






















4)アプローチ4‥東から「斜めにアーチアプローチ4」、軸線のある街路
マヨールスケッチ004.jpg


マヨール4001.JPG

マヨール4003.JPG





マヨール2004.JPG

















5)アプローチ5‥段差のある幅7.5mの「控えめなアプローチ5」
マヨールスケッチ005.jpg

レストランとが道路を占めている


マヨール5004.JPG

















6)アプローチ2‥太陽の門から「ダイナミックな遠近感のあるアーチアプローチ6」

マヨール6000.JPG


マヨールスケッチ006.jpg























7)アプローチ7‥階段、段差5.3mのある「裏道のようなアプローチ7」、情緒ある街路

マヨールスケッチ007.jpg

マヨールスケッチ0070.jpg






マヨール7001.JPG



マヨール7003.JPG

マヨール7004.JPG





マヨール7005.JPG

マヨール7008.JPG

































































8)アプローチ8‥アーケードのあるアーチアプローチ 噴水のある広場とマヨール広場を結ぶ


マヨール4001.JPG


マヨールスケッチ0080.jpg







続きを読む


nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

66歳のマドリッド スケッチ旅行 [60歳からの旅]

《66歳のスケッチ旅行

今回の旅行のために、12月31日の午後と元旦以外はいっぱいまでしっかり働いた。3日午後8時過ぎに家を出る。飛行機は、はじめてのカタール航空会社。少し心配したが、全く問題ない飛行機会社。
時間通りに、羽田を出発。機内は少し狭いかなと思った。機内食は、好きでなかった。スチュワーデスには日本人もいたので、アラブ語で話されたらと心配はしたが、少し安心。安全な操縦だった。隣の席の人は、日本人、ドイツに行くスポーツ選手だった。カタールは機内持ち込みの荷重制限が良いので、この会社を選択したそうだ。無事ドーハの飛行場に時間通りに4、朝6時30分に着く。

ドーハ.JPG

ドーハ飛行場.jpg

最初のスケッチ


ドーハでは、6時間の待ち。久しぶりのアラブの国、35年ぶりだろうか。ここは、過去と現在がミックスしたような混沌とした社会のような雰囲気だ。外を見ると、すごい400m超える高層ビルが見える。のんびりとした時が過ぎた。午後1時、定時にマドリードに向かった。

1月4日、時間通りに午後7時30分、バラハス国際空港に着く。
M72.JPG



人の流れに任せてシャトルに乗り、税関を通る。飛行場から地下鉄を利用して、ソルの駅に着く。小雨の中を歩いて、午後9時過ぎに予約したオスタルマヨールに無事に着く。“ホテルは駅から2~3分程度で良かった。”まだ、外は賑わっていたが、散歩する元気もなく、スーツケースなど整理してシャワーを浴び、就寝した。

1月5日「AVILA」見学
起床したのが午前4時、5時から部屋を実測。小さな部屋12㎡(3.15×3.9m)、交通の便だけ考えると、ここを選択したのは間違いがなかったようだ。マドリッドの中心とも言えるソル広場。広場の下にあるこの駅を中心に地下鉄は構成されている。

マドリッドホステル3つ.jpg

一泊9000円、食事なしのホステル3つ星


さて、観光の初日は市内観光を予定していたが、外は真っ暗、雨はやんでいた。思ったほど寒くない。日の出は8時30分、時間がもったいないので、「城壁都市のAvila」に行くことにした。
ガイドブックでバスの発着場を探して、ホテルを出る。観光のはじまりはまず、チョコラーテの店で朝食することだ。偶然に、これはと思うバール(ChocoSanGines)を見付けた。

PM04.JPG


こんな早くから、お客で賑わったいた。24時間営業しているそうだ。先ずは、チョコラーテとチュロス(4ユーロ)で朝食を済ませた。そして、駅で地下鉄・バスの10回券を購入。それから、地下鉄Chamartin駅に行く。電車にするかバスにするか迷ったが、ここから8時30分発のバスに乗った。マドリッド(海抜650m)を出ると、建物はなく岩石、石だらけの平地が続く。

【Avilaの街】

小山を超えて、アヴィラ(海抜1126m)に近づくに従い、寒くなり、雪が降ったり止んだりの天気。着いたのが10時。アヴィラには、40年前に一度だけ訪れた。まったく覚えていない。駅でハムとパンを買う。歴史中心市街地をどこにあるのか尋ねながら、バス駅から徒歩で20分ぐらい掛かっただろうか、やっと、保存地区に着いた。


アビラスケッチ1.jpgアビラスケッチ.jpg





寒くて、冷たい風が吹く中でふるえながら書いた








城壁の広さは940m×500mぐらいのこんもりとした小さな街。城壁が完全に残り、分かり易く、美しい街並み。大聖堂から櫛を差すように伸びた中心を抜ける東西軸の道を歩く。中心の商業広場はあるが、通り抜けて、西の方に、ゆっくり下がって行く。城壁と一体で築かれた看視道を歩いている観光者が見えたので、上がることにした。
アビラ24.JPG


アビラ01.JPG

大聖堂から櫛を差すように伸びた中心の東西軸


アビラ20.JPG


看視道に上がり、観光ルート(5ユーロ)から見学。ここから見る景観は、街全体が模型のよう、城壁を取り巻く風景が美しい。観光客と話をしたり、写真を撮ってあげたり、撮ってもらったり、スケッチしたりの観光だった。天候は雪が降ったり止んだりの不順な天候、寒くて、‥もっとゆっくりすればよかったが、今日が観光の初日のためか、気持ちがまだ、落ち着いてないためだろうか、と思った。

アビラ18.JPG


食事をすることもなく、午後1時20分の電車でマドリッドに帰った。3時間の観光だった。
ホテルに午後3時頃戻り、小休憩。明日6日から9日までの小旅行、トレドとセゴビヤの計画を立てる。

まず、マドリッドに9日から2泊する予約したホテルの確認に行った。場所は最高に良いのだが、狭い階段を上がり、ホステルのフロントに行った。どうも、ここに少旅行の間、荷物を預けるのはどうも気に入らなく、ホテル変えることにした。

ほぼ同じ料金の三ツ星のホテルを見付けて、予約したホテルをキャンセルした。
荷物を預かってもらえることを確認して、市内観光を続けた。

マヨール広場に行った。新年の様々なイベントに使われ、ざわめいていた。広場のアーケードには、様々な専門店、古い店が並ぶ。ここはマドリッドの中心、マドリッドの核になっているようだ。広場中央にフェリッペ3世(1598~1621年、広場の建設を命じた人)の騎馬像がある。

マヨール15.JPG



1月6日「TOLEDO」見学

暗い中、ホテルを6時40分にチェックアウトをし、9日から宿泊の新しいホテルに荷物を届けに行った。チョコラーテの店に行き朝食。地下鉄でMendez.Alvaro駅に行く。10時発のトレド行きのバスに乗る。満席の混み具合、隣席は韓国人、21歳の若者だった。イタリア語、英語の会話で、あっという間の1時間が過ぎた。
どうして、トレドに2日間泊まるのか不思議がっていた。(観光をしてみて、2日でも足らないと思った。)
バス駅に着く、歩いて15分ぐらいだろうか、目的のHotelcarlosⅤ(50ユーロ)に行く。価格のわりには良かった。

ホテルトレドホテル実測1.jpg

ホテル三ッ星 8000円 12㎡ (3.13×2.8m+1.5×2m)

市内見学、小降り、降ったり止んだりの中の見学だったが、良かった。

「城壁都市 トレド」
この都市の成り立ちも面白い。マドリッドが首都となる前のキリスト教国の首都だった。
1.4km×1.2km、東、南、西を崖とタホ川に囲まれた城壁都市、北東と南西の中心の街路はあるが、起伏があるために分かりにくい街路になっている。これも防備のためか、カスバのような街路、イスラム文化が入り混じった街づくり。地図もなく、見学していたら迷ってしまった。街路は上がったり下がったりの起伏。行き止まりだったり、人に尋ねた。私以外に迷っている人を見かけた。地元の人に尋ねたら、ソコドベール広場が街の中心だと言うことが分かった。
トレド都市図1.jpg

トレド都市2.jpg



と言うことで、一日目はただ散策するだけの一日だった。スペイン人と日本人の夫婦で経営するレストランを見付け、安心して食事が出来た。翌日のランチも同じ店に入った。歩き疲れで、風呂に入り直ぐに寝た。


1月7日 市内見学
≪トレドはスケッチをするのに最高の場所だ≫
朝早く、4時30分頃に起きて、部屋を実測。そして、見学に行く前に、支払いを済ませる。午前7時30分にホテルを出る。チェックアウト12時前に帰るので荷物を部屋に残し、見学に行った。城壁を中心に見学、サン・マルティン橋、Bisagraの門とCambronの門のスケッチで時間は過ぎて行った。

トレドスケッチ1.jpg

Bisagraの門


トレドスケッチ2.jpg

San Martin橋


トレド門スケッチ.jpg

Cambronの門


そして、妻と訪れた思い出のエル・グレコ美術館。
スペイン夫婦で写真を撮っていたので、私から撮ってあげましょうか?と言って、私も撮ってもらった。スケッチをしたりの小降りの雨、晴れたり降ったりの変な天気だった。

トレド01.jpg


トレド喫茶店.jpg
トレドの喫茶店で、楽しそうな夫婦を見かけた







午後2時45分のバスで、今回の旅行の目的地でもある1か月前の誕生日を迎える場所【パラドール・デ・トレド】

パラドール外観29.JPG

に行った。すばらしいホテルだ。室内、外観は大人しいが、景観、周辺の地形、歴史を感じさせる地形・景観。
朝、夕食付で22000円(172ユーロ)
2パラドール実測.jpg

パラドール実測ホテル.jpg


奥行き1.8mのバルコニー、ここから見るトレドの街も素晴らしい。
パラドール99.JPG


パラドールパラドール.JPG



トレド景観.jpg

アルカザールとカテドラルが浮きがって見える


今日は誕生日1か月前の記念すべき日。でも、1ヶ月前と言うのはどうも
ゆっくり、夜8時30分からの夕食を待ちながら、実測したり、ベランダからトレドの街を眺めながらの裕福な
時を過ごした。夕食は、軽食ではあるが満足、満足な一日が過ぎた。


1月8日「SEGOVIA」見学


今回の旅行ではじめてのホテルでの朝食。朝食前、朝食後チェックアウト前に建物周辺を散歩したり、中世のまま残された場所、岩山の上まで出かけたり、日本人の親子との会話も楽しんだりの短い3時間がゆっくりと過ぎっていった。

パラドール岩.jpg


帰りもバスでと思ったが、12時までないとのこと。タクシーで、駅まで20ユール。
駅に行くという台湾の夫婦に同乗させてもらうことにした。
半額払うのでというと、“必要ない”とは言ったが、お金は大切にするものだと伝えて
同乗させてもらった。駅まで10分ぐらいだった。12時25分発の電車、1時間待つことになった。

トレド1.jpg
北東にあるロッカ(城)側からトレドの街を見るのも面白い。

トレド駅側から46.JPG


見学「セゴビヤ」


トレドを12時25分発、マドリッドに13時着そして、マドリッド14:40分発の電車でセゴビヤ15:07分に到着した。警戒のための荷物のチェックに時間が掛かり、出発が10分ぐらい遅れた。セゴビヤに着いたのが3時15分頃。下車した人たちが走っていたので、バスの乗り継ぎの関係かと思い、私も走った。おかげでバスに間に合った。街まで10分ぐらいか、終点だった。そして、予約済みのホテルまで歩いて、10分。少し離れているとは思ったが、目的の見学アルカサルに、近くてよかったようだ。今日も小降りの日だ。

ホテルセゴビヤ実測.jpg

三ツ星ホテル 7800円 4m×3.5m、屋根裏、低いところで1m以下


「水道 セゴビヤ」は、1.3km×500mぐらいの小さな街だ。ローマ時代の水道と妻と訪れたカエサルの見学

セゴビヤ石門実測.jpg


1月9日 マドリッドに帰る
8日の夜から雨が降り出した、翌日の朝4時も雨が降り続いた。6時30分に雨が止んだ。外は暗いが、7時10分にホテルを出た。

アルカサルを下の街から見たくて、急勾配の小道を下りて行った。薄暗い中を歩いて行く。岩の上に建つアルカサルのスケッチに良い場所を見付けた。スケッチするにはまだ暗い。周辺を散歩しながら、時間を費やした。

セゴビヤスケッチ城.jpg


今日は土曜日。マラソンの準備している人たちが数人行き会う。“お早う”と、みんな気軽に挨拶をする。旅ではないと味合えない光景だ。

少しづつ明るくなる。薄暗いときに見えなかった場所、箇所が次第に見えてくる。
とにかくすごいお城だと思った。そして、美しいロマネスク教会を見付けた。教会には入れ時間はなかった。

セゴビヤロマネスク教会.jpg


昨日、城内から見て気になっていたロマネスク教会


急いでホテルに戻る。先に支払いをして、チェックアウト12時前に戻ることを約束して、水道を実測に行く。
セゴビヤ石.jpg


12時前にホテルに戻り、荷物を整理、3時に再度戻ることを伝えて、再度待ち見学をした。そしてホテルに戻りバス停に行ったが、3時45分発のバスは遅れて、次は5時15分とか言われたが、更にバスは遅れて、切符を買うのが大変だった。ここでもスペイン人に助けてもらった。マドリッドに着いたのは、午後5時頃だった。

マドリッドホテル.jpg

現地で見つけた三ツ星のホテル 78ユーロ


予約していたホテルに行く。荷物を整理をした。そして、今日、土曜日は無料のプラド美術館(午後6時~8時まで)とのことで、急いで行った。たくさんの人が並んでいた。まだ、1時間かかるらしいと言うことで、並ぶのを止め、アアルト展示館に行った。そして、何を食べたか覚えていないが、適当に食事をしてホテルに戻る。


1月10日 見学「エルコラーノ」

朝、5時に起き、朝7時にホテルを出て、少し行くのは迷ったが、Moncloaのバスターミナルから午前8時発のバスで、エル・エスコリアルに行った。9時頃に着く。世界遺産の修道院は午前10時からだったので、喫茶店で時間をつぶした。今日は一日、小降り雨が続いた。

当地でコックとして働いている日本人がいた。2つのレストラン働いているそうだ。喫茶店のオーナーから聞いた。イタリアのガイドブックに当時のチケットがあったので、40年前に妻ときたことも喫茶店で話した。

エル・エスコリアル見学
タペストリーに織り込んだ絵画のような美しさにはびっくりする。でも、あまり見学するほどでもない。アヴィラの街にもう一度行こうかと思ったぐらいだ。12時のバスでマドリッドに帰った。帰りのバスには、同じバスの人がたくさんいた。1時頃、バス駅に着く。半日コースの見学だったが、建物の見学より、色んな人の出会いがあったので、日本人、中国人夫婦などの出会いが楽しい。
E02.JPG

E04.JPG



一度ホテルの戻る。スペインの高層ビルを見学しようと、ガイドブックを見せながら探した。近くまで、電車で行った。後は徒歩、雨、風とビル風で床から飛び出した大理石に足を取られて、転んだ。痛かった。荒々しい出来栄え、高層ビルを見るなら、やっぱり日本が良い。納まりもきれいではなかった。室内の冷たさ、大まかなデザイン。目地など。学ぶものは無いような気がした。
帰りは、バスと電車で

1月11日 最後の日 マドリッド見学


朝6時30分、支払いを済ませて、チェックアウト前に帰ることを伝え、観光、チェックアウト前にホテルに戻り、荷物の整理をして、荷物を預かってもらい、午前中は、モジュリアーニ、モネ、ピカソの絵など3~4点だけ見て、午後1時30分頃から広場の調査、スケッチ実測の作業を午後6時までした。

飛行場で果物ナイフを取られた。こんなに小さなナイフで、人は刺せないと言ったが、ダメだった。航空会社に相談するように言われた。バックを機内に持ち込まなければいいと言われたが、東京で取り出せなかったら、また時間が掛かって、採集に間に合わなかったらと思い、カンタスの女性に有名なメーカーのナイフなのでプレゼントをしますと言った。
無事にドーハに着き、2時間の待って、乗継をして時間通りに羽田に着いた。無事に当日自宅に帰った。そして、4時間の睡眠をして、施主の打合せに出席した。
果物ナイフ事件で、お土産は全く買えなかった。ただ孫の物だけになってしまった。

nice!(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

60歳からのひとり旅Ⅵ スペインのマドリッド周辺 [60歳からの旅]

《60歳からのひとり旅Ⅵ マドリッドと周辺 》


今年、66歳の目的地はポルトガルのポルトだったが、仕事の都合と航空運賃を少し考え、マドリッドに変更。出費は、いつも通り25から30万円を予定したスケジュール。

出費の内訳は、航空運賃は78000円 、宿泊費は80000円、現地での交通費・食事・お土産などで約80000円合計25万円の出費。そして、仕事の都合で誕生日より1カ月早い、1月4日~1月12日までの9日間の旅行

1月4日 羽田からカタール航空を利用し、0時15分発、 ドーハに午前6時30分,時間通りに到着。
ドーハ飛行場.jpgドーハ.JPG
      












乗り継ぎ、ドーハのハマドの飛行場から6時間後、スペインのマドリッドに着いたのが、時間差の関係か同日の午後6時40分の予定が、一時間の差の午後7時40分に到着。そして、ホテルに着いたのは、午後9時15分だった。シャワーを浴び、荷物を整理しベッドイン。今日からマドリッドに2泊。

1月5日 初日は、市内観光を予定したが、朝早く、バスでアヴィラに行く。3時間の市内見学をし、電車で午後3時頃、マドリッドに帰る。そして、少し市内散策。
Avila地図.jpg


アビラ16.JPG



1月6日 トレドに行く前に、マヨール広場中心に市内観光、9日から宿泊するホテルにスーツケースを預ける。そして、リュックだけでトレドに行く。午後3時頃、バスでトレドに行く。初日は城壁内のホテルに泊まり、2泊目は城壁を見渡せる、あこがれの丘の上に建つパラドールに宿泊。
トレド73.JPG


Toled地図.jpg

1月7日 スケッチと歴史の散策を目的にトレド市内見学。午後4時頃、バスでパラドールに行く。
パラドール41.JPG



1月8日 パラドール・トレドでゆっくりした。午後2時頃、電車で、マドリッド経由でセゴビヤに電車で行く。セゴビヤで1泊。
セゴビヤ63.JPG

1月9日 セゴビヤからマドリッドに戻る。マドリッドに2泊する。

1月10日 マドリッドから朝早く、バスでエスコリアーノに行く。午後2時頃マドリッドに戻る
E07.JPG

1月11日 午後6時頃まで市内観光。3時間後、マドリッドからカタール航空でマドリッドを発つ。
P1040368.JPG

1月12日 羽田に午後10時50分頃到着し、13日朝0時40分頃、自宅に着く。お風呂に入り、就寝したのは、朝、2時頃だった。4時間後、自宅を出て事務所に打合せの準備をして、新橋に行く。

昨年のパリ旅行よりは少しゆっくりできたが、ローマでゆっくりしたかった。来年はもう少しゆっくりできることを期待したい。

<私の最近の旅行の方法・教訓を2つ紹介>


今年からの両替の教訓は、日本で両替することをお薦めする
昨年のポルトガルでは、苦労して良いレート先を見付けた。しかし今回は、日本の飛行場の両替の窓口では、9700円ぐらいが70ユーロだった。マドリッドには、ソールの駅の周辺に、両替商が7-8カ所あるが、1万円が50から65ユーロだった。海外では、円の価値が低いことを感じた。

ホテル探しの方法

1)キャンセルが出来るホテルを予約すること。
以前は、アゴダだったが、キャンセルが出来ないホテルが多いため、ブッキング・ドット・コムこちらを利用している。ローマに行く予定をキャンセルしたり、現地で事前に調べて、気に入らなくて、キャンセル。

2)ホステルとホテルの違いを、今回の旅行で感じた。なるべくなら、ホテル3つ星を検索したい。
ホテルの検索は、まずグレード、ホステルもホテルも関係なく三ツ星以上、一泊1万円を目安で検索した。そして、交通、買い物に便利な中心地を条件に検索している。
ホステル3つ星は、ホテルの一つ星に相当するとのこと。ホステルは家庭的で良いのだが、この歳になると、やはり、ホテルの3つ星を検討に捜したいと思った。
ホステルは、個人オーナーが経営した宿泊場所。狭い小さなエレベーターに乗り、2階か3階に上がり、ブザーを鳴らして室内に入る。フロント、ロビーが無い。少しさびしい感じがする。今回それを特に感じて、現地で探して、ほぼ同額のホテルを探し予約くした。



nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

65歳のスケッチ旅行 パリ 一口メモ [60歳からの旅]

《60歳からの旅 パリ旅行


パリイメージ地図.jpg



パリの歴史散歩 「メトロにのって」 著者 ロラン・ドゥッチ 訳 高井道夫
この本には、魅力的な言葉がたくさん載っている。その一部をメモしておこう。

シテ島から旅をはじめる。揺りかごの形をした島
「シテ島にはパリの頭脳とこころ、そして心臓がある」

シテ駅はセーヌ川の水面下20M、パリの胎内の奥深いところにある。

セーヌ川の由来は、女神セカーナ

パリという名の発祥は、パリソールム
ローマ人が住む上ルテティア、シテ島にはガリア人、下ルテティアはパリソールム(パリシィ人の街)と呼ばれた。彼らは川のめぐみで生計をたてていた。

ローマ帝国がパリの基礎を築いた

パリは、港町?
魚屋さんが多いのも、そうなんだ。

ローマ帝国が誕生してから70年後の紀元前52年、シテ島はただの沼地

シテ島からイタリア広場を通り、ローマに通じる街道がつくられた

南からのローマ人はセーヌの川左岸を植民地として開発、北方からのフランク族は、右岸に街をひろげた。
ルーブル美術館は、フランク人の砦そして、宮殿となり今の美術館の経緯

この都市の黄金時代には、シテ島には凡そ1万人が住み、街はセーヌ川の左岸まで、伸長した左岸には街はなかった。






nice!(0)  トラックバック(0) 

60歳からの旅 スケッチパリ旅行 [60歳からの旅]

《Vosges 公園》


パリV3.jpg

パリV4.jpg


少し暗くなって、ボザールという名の喫茶店に入る
パリ喫茶店.jpg


モンマルトルの丘
似顔絵を描いている人が、スケッチブックをもって、どうですか?と言って近づいてきた。

スケッチをしていたら、上手いねと言ってくれた。

パリモンマルトル.jpg


パリモンマルトル2.jpg



パリ市内のスケッチ

パリ市内1.jpg



パリ市内2.jpg



パリ市内3.jpg

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

65歳の旅 スケッチ旅行 [60歳からの旅]

2月7日  Poissyの街 サボイ邸見学

ホテルで、サボイ邸の見学が出来るのかどうか、何時から見学ができるのか、ネットで調べてもらった。
見学は午前10時からということ。
6時30分にホテルを出たので、時間がある。第2の凱旋門のあるDefense駅に行く。
ここで知り合った日本人の話では、夜は治安が悪いとのこと。

それで4人の自動小銃を持った人が巡回していたのか、市内では3人一組だが、と思った。

そして、8時30分頃、Poissyに向かう。

ここでのハプニングが楽しかった。

Poissyには、9時10分頃に着く。市内の切符だけでいいのかと思ったが、これが間違い。
改札から出られなかった。でも、学生が定期を使ってくれて、脱出成功した。

そして、事前に調べていた50番のバス停に行く。

しかし、時刻表が無い。近くにバスが止まっていた。サボイ邸に行く方法など聞いたが、
運転手の彼女は全く英語が出来ない。
こちらも身振り手振りで、やっとバス停が分かった。そこでは一人の女性が待っていたので、バスの事を尋ねた。彼女は私に“英語ができますか?”と聞いたが、彼女はフランス語交じりの片言英語で、どうにか理解できた。バスは、9時30分出発。

まだ10分あるので、朝飯でも食べに行こうかと思っていたら、遠くでムッシュ、ムッシュという声が聞こえた。バスの女性運転手が、無料でサボイ邸までのせてくれた。
今日は休みの日らしい。私一人、アラブ音楽を聴きながらの15分のドライブだった。
別れにキャンディーを上げた。喜んでくれた。

40年ぶりのサボイ邸見学。10時前、スペインのマドリードの学生2人と一緒に入った。
彼らは3日間の旅行だそうだ。彼らと写真を取り合った。

私の誕生日をサボイ邸で迎えた。ここで知り合った人に、「今日は私の誕生日です」と言った。おめでとうと言う言葉を期待してかもしれない。

11時近くになって、急に見学者が増えた。

フランス人、日本人、アルゼンチン人、イギリス人とたくさんの人たちが見学に来た。
日本人の女性二人ずれ、日本の報道関係の仕事でパリに住んでいる家族。建築事務所で働いている中国系イギリス人など、様々な人が見学に来ていた。子供ずれの家族が多いのには驚く。さすが、世界的建築家、コルビジェだ。

パリサボイ1.jpg


パリサボイ2.jpg


パリサボイ3.jpg


パリサボイ4.jpg


東に向いたサロン(5.8m×15m)が快適だ。外の景色を絵の中に納めた開口が良かった。
屋上の植栽は今一だ。

9時30分~2時までの見学、1時間の予定をしていたのだが。なかなか、計画通りには事は運ばない。

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

60歳からの旅 スケッチ旅行 [60歳からの旅]

《65歳 パリ旅行

2日目 CHARTRES 

ホテルから地下鉄でモンパルナス駅に行く。大学の先生らしき人と学生との4人の日本人グループが、イライラしながら、並んで待っていた。タクシーに乗った方が良いのかと話しながら、どうも自動販売機の切符の買い方が分からないようだ。私と同じだと、思った。順番が来て、往復切符を買う。

 午前8時頃の電車に乗る。学生風の若い子がたくさん乗ってきた。向かいのかわいい女の子が座った。
髪の毛をいじりながら、一生懸命に勉強をしていた。日本のキャンディーをあげた。
良い一日を、といって別れた。

パリ郊外104.jpg


車内には、自転車が載せられるようになっている。

 
パリ郊外自転車.jpg


駅に着く。駅から歩いて、大聖堂に向かう。ゆったりとした田舎町だ。

美味しそうなパン屋、チョコレート屋さんが並ぶ。街のわりには大きな大聖堂だ。
スケッチがしにくい。
パリ郊外スケッチ1.jpg


市場でミカンを買う。お土産のチョコレートを買う。
パン屋さんの前で、出てきた女性に何が美味しいですか?と尋ねた。親切にここのお店は、クロワッサンが美味しいですよと教えてくれた。他の店、2店より美味しかった。
スケッチをしていたら、同じおばさんが寄ってきて、スケッチを見た。

観光案内所に、寒い、寒いと言って中に入った。
“本当に寒いですね”と。案内所のフランス女性が言った。彼女は金沢名古屋と数年間日本に居たそうだ。

もう少し観光して居たかったのだが、金が無くなり、午後1時頃、パリに向かった。


nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

65歳のパリ旅行 [60歳からの旅]

《65歳のパリ旅行

「60歳からの旅」、今回は5回目になる。今年も昨年と同様、ポルトガルを中心にと旅の計画した。
しかし、時間がないので、直行便で行けるパリ旅行にした。
プチ旅行であったが、いろんな体験ができ楽しいひとり旅だった。フランス人、スペイン人、アルゼンチン人、イギリス人、ポーランド人、そして日本人との出会いは、ひとり旅を楽しくしてくれた。その中でもオルセー美術館でのフランス人の中学生とのひとときの出会いだ。

期間 2015年2月3日~9日
出費  合計25万円 お土産を含む
      飛行機 103000円
      ホテル 90000円
      小遣い 50000円
2月3日 羽田発 午前10時40分発 ANA航空 
久しぶりの羽田の飛行場から出発。NH215便は座席がスライドする新しい飛行機だった。 
パリ行き150203羽田.jpg

飛行機を待つ、坊さんの5~6人グループ さすがエコノミークラスでない

パリ行き機内30K.jpg

はじめて、ネットで座席を予約、33Kの席から外を見る

パリイメージ地図.jpg


パリのイメージ地図


2月3日 時間通り、パリのCDG飛行場 午後3時15分到着
     ホテルまで、電車を利用。尋ね尋ねてのホテルに到着したのが、午後5時30分。 
     当日は周辺の散策、夕食は中華5ユーロ
パリホテル1.jpg

2月4日 最初のホテルはイタリア広場の近く。
     早く起きたが、午前6時30分にスタートした。
     でも、外はまだ暗く、寒い。電車、バスの始発は5時30分。明るくなるのは、7時20分頃。
     まずはシテ島から、観光をはじめることにした。

P1030298.JPG


P1030296.JPG

地下鉄 シテ駅の中は、幻想的な世界を想像させる


P1030297.JPG


そして、8時頃、友人の薦めるCHARTRESに行く。 9時30分頃に到着、昨日降った米粒ぐらいの氷が、まだ残っていた。12時30分まで観光。静かな街だ。美味しいパン屋、チョコレート屋さんを見付けた。お土産はこの街で調達。
P1030308.JPG

左側の市場で、オレンジを買った。パリ市内より安かった。

P1030307.JPG

P1030306.JPG

小さな街のわりには、大きな教会、ノートルダムのような豪華さはないがデザインされている印象があった。
しかし大きすぎて、街の中よりは駅の近くからでないと全体が想像できない。
P1030310.JPG

こんな小さな街にも美しい広場がある。

P1030313.JPG

P1030314.JPG


P1030312.JPG

午後2時頃、市内に戻る。その後、好きなVosges公園と広場。3日間通った。
P1030321.JPG


P1030323.JPG

右側のツタの中は鳥たちの住かだ

P1030326.JPG


P1030319.JPG

ルイ13世 33年間の人生、幼い顔をしているなー


2月5日 早く起きたが、もう一眠りと思ったら8時になってしまった。予定変更して、
     市内観光、パリという名の発祥地、シテ島、ノートルダム教会周辺。
     そして、午後は観光客で混むルーブル美術館は避け、オルセー美術館、
     ピカソ美術館、 ロダン美術館

P1030335.JPG

オルセー美術館の設計はすごい、中と外とが反転している


P1030316.JPG


教会を見せるために、刈り込まれた樹木、これがフランス造園?



2月6日 今日も6時30分スタート、市内観光:イタリア旅行ガイドブックに基づいて観光
    1) Saint-Pierre de Montmartre のコース

P1030339.JPG


P1030341.JPG

モン3.JPG


モン1.JPG



    2)エッフェル塔のコース

P1030344.JPG


P1030346.JPG


P1030349.JPG

P1030350.JPG

エッフェル塔のために刈り込まれた樹木



2月7日 ホテル移動のため、6時にスタート。旅行鞄をゴロゴロいわせて、
    地下鉄の駅まで行く。下車駅を間違ったが、30分後には到着。チェックインは午後2時のため、
     荷物を預ける。La Defense見学し、コルビジェのサボイ邸見学。
     そして、午後4時頃、市内に戻り再度 ピカソ美術館見学。
P1030355.JPG

 第二の凱旋門、何ともつまらない、夜は危険地域、4人の小銃を持った人が警備をしていた。

P1030356.JPG


パリホテル2.jpg

誕生日なので、少しグレードが高い、浴槽のあるホテルに宿泊

ホテル23.JPG

浴槽のあるホテルは良い、これからはこーじゃないと疲れが後に残る



2月8日 6時30分スタート。広場の実測と公園、
     そして歴史の詰まった クルーニー博物館見学。
     シテ島からホテルには、RERBに乗るのだが、間違ってRERCに乗り、あわてた。
     予定より30分遅れ午後1時にホテル到着。帰国準備、 
     ホテルから飛行場まで1時間、午後2時30分着。時間通りに、5時の出発。

P1030410.JPG


ヴォ1.JPG


ヴォ2.JPG

やっぱりこの公園は良い、パリで一番好きな場所だ。

2月9日 午後1時20分 時間通りに到着。さすが、ANAだ。
     エアーフランスだとこういうわけにはいかないだろう。
     午後の打合せに間に合った。


nice!(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

ローマのスケッチ旅行 カンピドリオ広場 ナボーナ広場 [60歳からの旅]

ローマ カンピドリオ広場

カンピ12jpg.jpg

カンピ15jpg.jpg

カンピ13.jpg

カンピ11.jpg

カンピ01.jpg

カンピ治安.jpg

カンピ.16jpg.jpg


ローマ ナヴォ―ナ広場

ナヴォーナ14.jpg

ナヴォーナ3.jpg

ナヴォーナ16.jpg

ナボーナ1.jpg


ナヴォーナ11.jpg


ナヴォーナ13.jpg

nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

ひとり旅Ⅳ そしてオビドス [60歳からの旅]

『オビドスの観光


リスボンの北95kmムーア人の支配から解放された1148年から再建、1228年には、現在のような城壁に囲まれた街になった。

オビドス地図.jpg


当日5日は晴れ。オビドスの到着は予定より30分ぐらい遅れ、午後5時頃になった。ここも小さなバス停。完全に城壁で囲まれた1100m×350mぐらいの広さ、なだらかな山の傾斜地に築かれている。城壁にそって、歩いて一周できる。人口は800人ほどのイタリアのサンジミニャーノのような小さな街だ。「谷間の真珠」と呼ばれる絵のような小さく美しい街だ。雨の少ない日に再度訪れたい。

まずは、イスラム時代に築かれた二重のジグザグ構造になった南端にある美しいゲートを通り抜ける。

正面に見えるのがポサーダ・ド・カステロ

オビドス全景3.JPG


オビドスの正門

オビドスのゲート.JPG


敵から城を守るために二重になっている


二重ゲート1JPG.JPG


二重ゲート2.JPG


オビドス1.jpg


街並み5.JPG



オビドス11jpg.jpg


オビドス5.jpg



街並み1.JPG


オビドス7.jpg

街を二分し、南北に細長くのび、等高線に沿うように街路は城の方向に向かってゆっくり上がって行く。下がったところに並行して走るさらに狭い街路が1、2本走っているのが垣間見られる。ゲートから伸びた主要街路は、一番高いところ、正面にポサーダ・ド・カステロに延びている。チェックインをした。

ホテル入口JPG.JPG


シーズンオフで朝食付き135ユーロ、案内された部屋で整理していると、お願いしていた2日前の誕生日のケーキを頂きました。オブリガード
BDプレゼント.JPG


15世紀の城を改装した室内は狭いが、サロン、食堂と落着いたきれいな部屋だ。街に出て明日のスケッチの場所を考えながら散策した。夕食は、ハムとチーズとパンを買って済ませた。
オビドスH1.JPG

ホテル室内3.JPG

ホテル室内4.JPG


景観と私.JPG


翌日は10時頃から雨が降り出した。朝食前の朝7時頃から朝食まで散策していたので、午前中は傘が無くて散策できた。
ホテル中庭.JPG


私の部屋には階段を上がって行く

ホテル中庭2.JPG



猫たちの朝会に遭遇した。

オビドス猫0JPG.JPG

オビドス猫1JPG.JPG

オビドス猫2JPG.JPG

オビドス猫3.JPG


そして10時~11時過ぎまでゆっくりと食事。

ホテル朝食.JPG

ホテル朝食2JPG.JPG

サロンJPG.JPG


食後はポサーダの大きな傘を借りて散策した。ここで、ポルトガルのお土産を買うことにした。小さな街だから、傘をさしてお店を一軒一軒見て回り、買い物をして、軒下でスケッチという観光には特に問題なかった。晴れていればさらには良いが…。
オビドス全景6.JPG

オビドス全景5.JPG


オビドス全景4.JPG


オビドス12.jpg



続きを読む


nice!(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行
前の10件 | - 60歳からの旅 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。