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60歳からの旅Ⅶ 2017年の夏 ラッキーな旅行 [60歳からの旅]

『海外旅行はひとりに限る』

友人と一緒に海外旅行をしたり、施主を案内して海外を旅行をした。しかし、金銭的、趣味の違い、お互いの気づかいなど考えるとが、やっぱり海外旅行はひとりに限る。

『ひとり旅』

「旅の目的」をもつこと

旅をする以上、何のためにこの旅をするのかという意識を持ちたい。‥何でも良い。
何の意識もなければ何も見えない、テーマを持って出掛けれると出掛けないのでは、収穫が10倍も違うのだ。

「素直な好奇心」をもつこと

見ようという目をもって旅をするのと、普段見えないものが見えてくる。風景の裏にあるもの見つけだすには、
ただ素直な好奇心さえあればいいのだ。そんな気持ちで世界中を今も歩きつづける。
宮脇檀「建築家の眼」1988年

そして、旅には観光の本以外、必ず一冊の本を持っていくようにしている。

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『私の旅のこころ』

「旅人は旅人。旅人しか見えないもの、出来ないことがある。」

友との旅は、常に金の出費、結構海外に出ると100円、200円がシビヤーになる。つまりは一層けちになるようだ。外人との会話のときなども一人の方が対応しやすい。

ひとり旅には、やっぱり外国語が必要。先ず英語が良い。

17歳のスイスの女性曰く、“スイスでも、仕事をするためには、英語が必要、私も勉強をする”と言っていた。
私は、英語とイタリア語を少しだけ話せる。スペイン、ポルトガルに行って、教養のある人はイタリア語で話しても、聞こうとしてくれる。でも、一般的に聞かれたのは英語で“英語が出来ますか?”という。英語で話しても、帰ってくる言葉は、往々にして、母国語だ。僕はどうすれば、と思ったりする。

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60歳からのひとり旅Ⅶ バルセロナとポルトのスケッチ [60歳からの旅]

『60歳からの旅Ⅶ』  スケッチ旅 
バルセロナとポルト

2017年7月23日の夜成田を出発して、7月24日午後1時頃バルセロナのホテルに着いた。

2017年7月24日~27日 バルセロナと日帰りでゼロ―ナ
7月27日~8月2日    今回の旅行の目的地のポルトガルのポルトとギラマンイス
8月2日~8月4日     バルセロナに戻る

バルセロナでスケッチする場所は、いつもゴシック地区、大聖堂付近。いつも同じだが、上手くならない。

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ひとり旅7バルセ2.jpg階段に座って、結婚の記念写真情景とか多くの様々な人種の観光している光景を見るのが楽しい場所だ。

















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未完成なガウディのサクラダ・ファミリア教会。新しいファサードは好きでない。今回も中に入らなかった。
街はずれにあるサンタ・コロマの地下聖堂。観光客は少ないのでゆっくり見学できた。近くで遊んでいる子供たちが貧乏だからお金、お金と言ったので、日本のキャンディーをあげた。近くの食堂で食事をしてバルセロナに帰った。


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ポルトガルのポルトは、バルセロナから飛行機で1.5時間程度、料金も往復2万円程度。
港町、美しい橋が何本もかかっている。橋を見たくて、街はずれまで5kmぐらい歩いただろうか?夜9時近くになり、近道をしようと細い道を歩いていたら道に迷った。このまま帰れないのではないかと思ったぐらいだ。フェンスを乗り越え、地元の人に助けられて、やっとホテルに戻ったのが、午後9時40分。オーナーの叔母さんが心配していたようだ。

ポルトは楽しい・美しい街だ。


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ポルトには、スケッチしたくなる場所はたくさんある。


『バルセローナ』の行きつけのバール

バルセロナには、大聖堂に近くに、行きつけのバールがある。朝6時30分頃からスケッチをして、8時になりモーニングをここで食べ、そして、夕方7時頃、氷入りのコルタードを飲むのが日課のように楽しんでいる。

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常連の客と働いている人たちをスケッチ、彼らに見せて会話材料にしている。



ひとり旅7バルセ一コマ3.jpgひとり旅7バルセ一コマ1.jpg


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ひとり旅7バルセ一コマ4.jpgバルセロナ大聖堂のそばの路地で演奏していた4人グループ、見学していた子供達が踊りだした。廻りの見学者は、彼らの演奏そっちのけで、笑いながら、子供たちの踊りに夢中。そして、演奏者4名も子供たちに合わせて、曲を弾き出した。子供に勝る芸はないようだ。子供は世界の宝物


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60歳からの旅Ⅶ バルセロナ 二分された街区 と建築 [60歳からの旅]

バルセロナは、毎回新しいことが見えるので楽しい

バルセロナでゴシック地区が一番好き。ホテルなど宿泊場所は必ず、この地区を利用する。ゴシック地区の門は堅固な構えを見せる。

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宿泊場所がアパートメントの場合もあるが、時間的なことが定かでないので、なるべくホテルの利用をしている。
アパートメント形式を、ポルトで初めて利用したが、快適であった。


ゴシック地区は、ランブラン通りを挟んで二分されている。


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東側が歴史、観光地、西側は一歩、中に入ると住居系が多い、広がっている。西側の生活レベルは、少し低そうだ。つまり、生活用品、水、ミルク、果物などの生活品は、西側がよさそうだ。でも、1日、2日の事ならどうでも良いか。街が見えてくると、けちになるようだ。

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60歳からの旅Ⅶ ポルト  [60歳からの旅]

『ポルト 街と建築』


バルセロナから飛行機でポルトに行く。ここを訪れるきっかけは生前大橋巨泉が永六輔の番組で、“ポルトの郊外で食べたイワシの焼き魚が美味しかった”と聞き。いつかは行きたいと思っていた。

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ある日、川沿いのルートを走るレトロな電車に乗った。そして、車窓から、外で魚を焼いている光景を見た。
翌日ランチに食べに行った。
何の魚を食べようかと、人のお皿を見たり、魚を焼いているところに行ったりして、相談して、「イワシとサラダミックス」を食べた。ただのイワシだが、美味しかった。

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『60歳からの旅Ⅶ ポルトの旅 2017年7月27日~8月2日』


『ポルトは、リスボンの第二の都市、美しい街並みと橋と新しい建築が楽しい街』

大西洋に隣接するポルトは、街を南北に二分するドウロ川が流れている。南側はポルトワインで知られ倉庫が立ち並び、ポートワインを運んだ帆船が浮かび美しい。
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南北とも丘陵地に築かれ、川に流れ込む形状をした起伏があるだけに山岳都市を思わせる楽しい光景だ。そして、ドウロ川にかかる6本の橋が、非常に美しい。一番よく知られ、生活に欠かせないドン・ルイス一世橋1886年は、エッフェル塔1889年を設計したギュスターヴ・エフェルの弟子が設計した。二重構造になっているこの橋は、上を電車と人が通る。下は車と人が通る。下層部だけでも174mある。
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ここから川に飛び込んで遊んでいた子供が、“飛び込むから金をくれ”と言っていた。この橋を見るためにポルトに行くのも良い。エッフェルの設計したドナ・マリア・ピア1877年、他の橋も美しい。






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エッフェルの設計したドナ・マリア・ピア1877年、他の橋も美しい。
この日は20km歩いた。そして近道をしようと、石段の細い急な道を上り、廃線になっている道に出たり、廃家の中を通ったりして、迷った。人に助けてもらいながら、やっとホテルに戻ったのが、午後9時40分だった。

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大西洋側の、車だけの鉄筋コンクリートの橋

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そして、次に楽しいのは現代建築の見学

日本を代表する建築家、「槇文彦」氏と5歳違い、1933年生まれの「アルヴァロ・シザ」がいる。槇さん同様、現役で働いている。設計を見る限り、良いおじいさんになっているだろう。設計事務所に行こうと思って、美術館の売店の女性と仲良く話したので、住所を教えてもらった。二人の日本人が働いているとのことだったが…。こんな年になって、伺うのもどうかと思いやめた。


『近代美術館』


外観は「シークエンスを大切にした建築、環境を取り込んだ建築」だと思う。
そして、「天井高さ、通路幅などヒューマンなスケールで分かり易い空間を創り出している」と感じた。


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『ポルト大学建築学部』

道を迷って、一度は諦めたが、美術館の売店の女性に薦められて、翌日探しに行った。大学を見学後、帰りに、イワシを食べに行った。

「シークエンス」を外部空間構成と同様に内部にも取り込んでいる。
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大学は休校日。見学者が多いためか、自由に校舎の中まで入れた。

広い敷地に点在するように計画され、近代美術館と同じ雰囲気がある。奇を狙ってもいない。ごくありふれた様々な顔を持つ空間の連続だ。

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営業している喫茶コーナーもあったので、外でコーヒーを飲んだ。50代の男性が一人コーヒーを飲んでいた。
その人は、建築を志したが、止めて技術者として働いているとのこと。どこを見学すればいいとか、事細かく教えてくれた。しかし、ポルトの見学日は今日が最終日。結局、彼が教えてくれた橋を見に行くことにした。


『その他の建築』
「Casa da  Musica」
何も言うことはありません。室内の音は良いのでしょうか?美しくはない、奇を狙った建築はこの歳になるを

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レロ・イ・イルマオン書店の向かいにある建物
世界遺産に登録されてからか、入店には4ユーロの入場料が必要。まだ、30~60分並ぶ。
並ぶのが嫌いなのでウロウロして、偶然向かいに楽しい建築を見付けた。
シザの弟子が設計したとのことを近代美術館の女性から聞いた。

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建物を二つに分け、屋上で結合させ、屋上庭園をここまで表現しているのは、素晴らしい。
地上のオリーブ畑にいるような気になる。不思議なのが、屋上でくつろいでるのが、ほとんど若い人達。
結構大胆なスタイルで、思い気ままに日向ぼっこをしている。
ブランコに乗ったり、ウエディングドレスの記念写真を撮る場所として、パーティ会場にしたり楽しい場所だ。

屋上から世界遺産になっている本屋さん良く見える。
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8月2日、ポルトからバルセロナに帰った、残り3日間を楽しもう。

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60歳からの旅Ⅶ「バルセロナ周辺とポルト周辺」 [60歳からの旅]

60歳からのひとり旅Ⅶ「バルセロナ周辺とポルト周辺」



冬よりは、日も長く、雨に合うこともなく、充実した日々だった。朝、まだ暗い6時頃から午後9時近くまで、街を散策した。但し、昼は一時間ホテルの戻り、休息をとるように心掛けた。

『今回の旅行目的』
スケッチ・広場探しと建築見学

ひとり旅は、今までで一番長い、7月23日~8月5日までの2週間。期間も長いが費用も一番高い旅行になった。7月24日から27日まで、バルセロナに滞在。26日,日帰りでゼローナ。27日から8月2日までポルトガルのポルト、その間一日は贅沢をして、ギマライスのポサーダに泊まった。そして、8月2日にバルセロナに戻る。3日までゆっくりし、4日にイスタンブール経由で5日、土曜日成田に時間通りに無事に到着、自宅には午後10時20分に帰宅。

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「旅行費用 34万円」
航空運賃が16万円、宿泊費が11万円、観光のための交通費と食事代が6万円(一日5000円)、お土産1万円。
一日、一日を充実したスケッチ・広場さがしの旅だった。時期が悪いが、仕事の合間を見ての旅。

先ず旅行を計画
1:旅行会社はHISで調べた。

2:ホテル探しは、BOOKING.COM
Agoda は、キャンセル料が有料のケースが多いので、ついつい忘れて予約することがあり、嫌な目にあったし
昨年、現地に行って決めたホテルを事前に見て、キャンセルした経験がある。
ホテル評価、旅行ブログ、観光案内の書籍で探して、決めた。

3:両替円高で大変な時期だった。
これが一番大変だ。。現地に行きと、1ユーロの差も大きく感じる。
地元の銀行で両替するのが一番良いレートだが、その銀行を見付けるのが大変.
今回は、日本で両替。両替について、20170720に、調べた.
結局は、土曜日に6万円、両替したために、大黒屋で両替した。
現地で1.3万円両替をした。90ユーロだった

両替方法は6つあることをメモに残しておく。
1)地元の両替商…店舗によって1割の差はある。
2)日本の銀行 レートでみずほは133.29、三菱東京でも133.27
3)空港内にある GPA132.78円
4)マネーパートナー 129.4円 但し、自分の口座を設ける必要がある為、1週間前には準備必要。
5)大黒屋 133.18
6)地元の銀行 銀行によってレート差はある。 0.7732+手数料


「旅行日程 7月23日から8月5日 14日間」
2017.7.23成田からイスタンブール経由 
    7/24イスタンブールからバルセロナ ホテルにはチェックイン前、午前11時40分だが、チェックイン。

    1)オスタル・パリ    3泊28000円あまりよくない。
    7/24、7/25バルセロナ市内見学
    7/26 ゼロ―ナに行く
    7/27 ポルトガルのポルトに行く
        ホテル イングレスに旅行鞄を預かってもらい、リュックサック一つで、ポルトに行った。
        バルセロナのタクシーストライキに合う。(私はバスなので関係ないと思っていた)
        税関が異常にこみ、ここで知り合った日本人は時計を紛失、私はベルトを紛失した。
        飛行機の出発も3時間遅れ。
    2)サンベント アパートメント 3泊26000円アパート形式が良い。
    7/27~7/30
    7/30 ポルトからギマランイスに行く

    3)半年遅れの私の誕生日を祝うための一日
     ポサーダモステロ デ ギマランイス 1泊19000円良かった。
    7/31ポルトに戻る

   4)レジデンシャルトゥリンフォ 2泊12000円広くて良いが、建物が古い。
    8/2ポルトからバルセロナ   09:10~11:55

    5)ホテル イングレス      2泊24000円最後に決めたホテルだ。
    8/4バルセロナからイスタンブール経由  18:55~23:20 
    8/5イスタンブールから成田  01:40~19:30
    帰宅 午後10時20分


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スペイン マドリッドの広場調査 [60歳からの旅]

スペイン旅行「マドリッド」 マヨール(大きい)広場と小さな街路の調査
街を読むのは面白い。都市は、経済と相関性を持ちながら、細胞が外に外にと成長するように広がる。

初期のマドリッドの街は、決して現在のような大きな都市ではない。マドリッドの前の首都は、今なお城壁に囲まれたトレド(1200m×1200m)、だから当時は、ここよりは小さな都市だったはずだ。また、トレドは、河に囲まれ、成長できない環境のために中心都市は移行したのだろうか?

【マドリッドの都市網】

現在もマドリッドの中心駅は、地下鉄のソル駅。この駅を中心にして路線は組まれているようだ。地下から地上に出る。周辺は「プエルタ・デル・ソル」、“太陽の門”。つまり、都市の一つの入り口に相当する。城壁は残されていないので、はっきりしたことは分からないが、“都市はどのように築かれたのだろうか考えながら、地図をよく見る。周辺の整然とした街路の中に、不自然な網のような形状をした街路のある、マヨール広場を中心にした都市が見えてくる。

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【歴史的な街の構成】

初期の街を二分して東西に走るマヨール通り。そして、ほぼ中央にあるのが、マヨール広場。
初期の街は、900m×1300m。街路は迷路のような、イスラムのカスバを思わせる街路が“歴史的な街区”を構成している。迷路ののようが街路が成長をくり返しながら、現在のような大きな都市に発展した。トレドとほぼ同じ広さ、初期のバルセロナの1200m×1200mよりは小さな街だった。と考えると大きな都市のマドリッドを見学するのも愉しくなる。私の「60歳からの旅」は、全てを見学するのでなく限定した小さな旅日記。

【マヨール広場】

マヨール通りから少し中に入ったところにあるのが、街区の中心は「マヨール広場」。
さて、測量レザーとカメラとスケッチブックを出して調査をはじめよう。

広場に入る。中央には、この広場を建設した“フェリッペ3世”(1598~1621)の騎馬像とその像を象徴するように4本の街灯がある。レーザーで広場を測ったら、広さ74m×121m(アーケードは奥行き4.5m除)あった。私が持っているレーザーの測定器だと、距離的には2度~3度で測ったので、あまり正確でないかもわからないが、昔歩測に比べれば相当に正しい数値。
日本のガイドブックには、色々な広さを記述しているが、私の方が正しいだろう。

広場の特色は、矩形の形と統一した水平ライン(4階建ての建物の屋根のライン)の高さが18m。比率は1:4でかなりの開放性のある広場。広場は、それほど目を引き様なものはないが、私にとって面白いと思ったことは、2つある。

一つは、この広場に流れ込む10本のアプローチがあること
日本のガイドブックには、9本の街路が広場に‥、と書かれているが、それは間違っている。正確には10本のアプローチ。1本はプライベートのような街路(鉄扉がある)で分かりにくいかもしれないが、潜り抜けるとマヨール通りでる。10本のアプローチが、それぞれ特色がある。非常に楽しい、趣があり、意味がある街路。

もう一つは、広場の下が、公共的に有料パーキングに使われていること
時代的には画期的な事だと思うのだが。有効利用をしている。建物の屋上が、都市の広場として機能している場合(イタリアのグッビオのシニョーリア広場)もあるが、非常に珍しい。

というわけで、10か所全てのアプローチを帰国前の、午後6時までの4時間ほど掛けて調査をすることにした。
結構忙しいかった。


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17世紀前半、建築家ファン・ゴメス・デ・モラによって、現在の5階建ての集合住宅に囲まれた広場がつくられたそうだ。18世紀末に大火災があったが、原型を元に、19世紀半ばに完成。9つのアーチを持つ4階建ての現在の形になった。

それだけでは、実測する気がしない。しかし、非常に興味を引き点がある。
1:広場の下は駐車場に使われている。

2:興味の魅かれる9カ所のアプローチ+1(個人的なアプローチ)の10箇所がある。
その中でも、最も個性的な門と知られている「クチリェロス門」からだろう。

1)マヨール通りから入る幅8.5m駐車のアーチのアプローチ1‥地下の駐車場に入る
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2)アプローチ2‥太陽の門から「斜めにアーチのアプローチ2」、幅7mの情緒ある街路

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3)アプローチ3‥地下の駐車場に入る人の静かな「アプローチ3」

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4)アプローチ4‥東から「斜めにアーチアプローチ4」、軸線のある街路
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5)アプローチ5‥段差のある幅7.5mの「控えめなアプローチ5」
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レストランとが道路を占めている


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6)アプローチ2‥太陽の門から「ダイナミックな遠近感のあるアーチアプローチ6」

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7)アプローチ7‥階段、段差5.3mのある「裏道のようなアプローチ7」、情緒ある街路

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8)アプローチ8‥アーケードのあるアーチアプローチ 噴水のある広場とマヨール広場を結ぶ


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66歳のマドリッド スケッチ旅行 [60歳からの旅]

《66歳のスケッチ旅行》

今回の旅行のために、12月31日の午後と元旦以外はいっぱいまでしっかり働いた。3日午後8時過ぎに家を出る。飛行機は、はじめてのカタール航空会社。少し心配したが、全く問題ない飛行機会社。
時間通りに、羽田を出発。機内は少し狭いかなと思った。機内食は、好きでなかった。スチュワーデスには日本人もいたので、アラブ語で話されたらと心配はしたが、少し安心。安全な操縦だった。隣の席の人は、日本人、ドイツに行くスポーツ選手だった。カタールは機内持ち込みの荷重制限が良いので、この会社を選択したそうだ。無事ドーハの飛行場に時間通りに4、朝6時30分に着く。

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ドーハ飛行場.jpg

最初のスケッチ


ドーハでは、6時間の待ち。久しぶりのアラブの国、35年ぶりだろうか。ここは、過去と現在がミックスしたような混沌とした社会のような雰囲気だ。外を見ると、すごい400m超える高層ビルが見える。のんびりとした時が過ぎた。午後1時、定時にマドリードに向かった。

1月4日、時間通りに午後7時30分、バラハス国際空港に着く。
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人の流れに任せてシャトルに乗り、税関を通る。飛行場から地下鉄を利用して、ソルの駅に着く。小雨の中を歩いて、午後9時過ぎに予約したオスタルマヨールに無事に着く。“ホテルは駅から2~3分程度で良かった。”まだ、外は賑わっていたが、散歩する元気もなく、スーツケースなど整理してシャワーを浴び、就寝した。

1月5日「AVILA」見学
起床したのが午前4時、5時から部屋を実測。小さな部屋12㎡(3.15×3.9m)、交通の便だけ考えると、ここを選択したのは間違いがなかったようだ。マドリッドの中心とも言えるソル広場。広場の下にあるこの駅を中心に地下鉄は構成されている。

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一泊9000円、食事なしのホステル3つ星


さて、観光の初日は市内観光を予定していたが、外は真っ暗、雨はやんでいた。思ったほど寒くない。日の出は8時30分、時間がもったいないので、「城壁都市のAvila」に行くことにした。
ガイドブックでバスの発着場を探して、ホテルを出る。観光のはじまりはまず、チョコラーテの店で朝食することだ。偶然に、これはと思うバール(ChocoSanGines)を見付けた。

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こんな早くから、お客で賑わったいた。24時間営業しているそうだ。先ずは、チョコラーテとチュロス(4ユーロ)で朝食を済ませた。そして、駅で地下鉄・バスの10回券を購入。それから、地下鉄Chamartin駅に行く。電車にするかバスにするか迷ったが、ここから8時30分発のバスに乗った。マドリッド(海抜650m)を出ると、建物はなく岩石、石だらけの平地が続く。

【Avilaの街】

小山を超えて、アヴィラ(海抜1126m)に近づくに従い、寒くなり、雪が降ったり止んだりの天気。着いたのが10時。アヴィラには、40年前に一度だけ訪れた。まったく覚えていない。駅でハムとパンを買う。歴史中心市街地をどこにあるのか尋ねながら、バス駅から徒歩で20分ぐらい掛かっただろうか、やっと、保存地区に着いた。


アビラスケッチ1.jpgアビラスケッチ.jpg





寒くて、冷たい風が吹く中でふるえながら書いた








城壁の広さは940m×500mぐらいのこんもりとした小さな街。城壁が完全に残り、分かり易く、美しい街並み。大聖堂から櫛を差すように伸びた中心を抜ける東西軸の道を歩く。中心の商業広場はあるが、通り抜けて、西の方に、ゆっくり下がって行く。城壁と一体で築かれた看視道を歩いている観光者が見えたので、上がることにした。
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大聖堂から櫛を差すように伸びた中心の東西軸


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看視道に上がり、観光ルート(5ユーロ)から見学。ここから見る景観は、街全体が模型のよう、城壁を取り巻く風景が美しい。観光客と話をしたり、写真を撮ってあげたり、撮ってもらったり、スケッチしたりの観光だった。天候は雪が降ったり止んだりの不順な天候、寒くて、‥もっとゆっくりすればよかったが、今日が観光の初日のためか、気持ちがまだ、落ち着いてないためだろうか、と思った。

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食事をすることもなく、午後1時20分の電車でマドリッドに帰った。3時間の観光だった。
ホテルに午後3時頃戻り、小休憩。明日6日から9日までの小旅行、トレドとセゴビヤの計画を立てる。

まず、マドリッドに9日から2泊する予約したホテルの確認に行った。場所は最高に良いのだが、狭い階段を上がり、ホステルのフロントに行った。どうも、ここに少旅行の間、荷物を預けるのはどうも気に入らなく、ホテル変えることにした。

ほぼ同じ料金の三ツ星のホテルを見付けて、予約したホテルをキャンセルした。
荷物を預かってもらえることを確認して、市内観光を続けた。

マヨール広場に行った。新年の様々なイベントに使われ、ざわめいていた。広場のアーケードには、様々な専門店、古い店が並ぶ。ここはマドリッドの中心、マドリッドの核になっているようだ。広場中央にフェリッペ3世(1598~1621年、広場の建設を命じた人)の騎馬像がある。

マヨール15.JPG



1月6日「TOLEDO」見学

暗い中、ホテルを6時40分にチェックアウトをし、9日から宿泊の新しいホテルに荷物を届けに行った。チョコラーテの店に行き朝食。地下鉄でMendez.Alvaro駅に行く。10時発のトレド行きのバスに乗る。満席の混み具合、隣席は韓国人、21歳の若者だった。イタリア語、英語の会話で、あっという間の1時間が過ぎた。
どうして、トレドに2日間泊まるのか不思議がっていた。(観光をしてみて、2日でも足らないと思った。)
バス駅に着く、歩いて15分ぐらいだろうか、目的のHotelcarlosⅤ(50ユーロ)に行く。価格のわりには良かった。

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ホテル三ッ星 8000円 12㎡ (3.13×2.8m+1.5×2m)

市内見学、小降り、降ったり止んだりの中の見学だったが、良かった。

「城壁都市 トレド」
この都市の成り立ちも面白い。マドリッドが首都となる前のキリスト教国の首都だった。
1.4km×1.2km、東、南、西を崖とタホ川に囲まれた城壁都市、北東と南西の中心の街路はあるが、起伏があるために分かりにくい街路になっている。これも防備のためか、カスバのような街路、イスラム文化が入り混じった街づくり。地図もなく、見学していたら迷ってしまった。街路は上がったり下がったりの起伏。行き止まりだったり、人に尋ねた。私以外に迷っている人を見かけた。地元の人に尋ねたら、ソコドベール広場が街の中心だと言うことが分かった。
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トレド都市2.jpg



と言うことで、一日目はただ散策するだけの一日だった。スペイン人と日本人の夫婦で経営するレストランを見付け、安心して食事が出来た。翌日のランチも同じ店に入った。歩き疲れで、風呂に入り直ぐに寝た。


1月7日 市内見学
≪トレドはスケッチをするのに最高の場所だ≫
朝早く、4時30分頃に起きて、部屋を実測。そして、見学に行く前に、支払いを済ませる。午前7時30分にホテルを出る。チェックアウト12時前に帰るので荷物を部屋に残し、見学に行った。城壁を中心に見学、サン・マルティン橋、Bisagraの門とCambronの門のスケッチで時間は過ぎて行った。

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Bisagraの門


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San Martin橋


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Cambronの門


そして、妻と訪れた思い出のエル・グレコ美術館。
スペイン夫婦で写真を撮っていたので、私から撮ってあげましょうか?と言って、私も撮ってもらった。スケッチをしたりの小降りの雨、晴れたり降ったりの変な天気だった。

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トレドの喫茶店で、楽しそうな夫婦を見かけた







午後2時45分のバスで、今回の旅行の目的地でもある1か月前の誕生日を迎える場所【パラドール・デ・トレド】

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に行った。すばらしいホテルだ。室内、外観は大人しいが、景観、周辺の地形、歴史を感じさせる地形・景観。
朝、夕食付で22000円(172ユーロ)
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奥行き1.8mのバルコニー、ここから見るトレドの街も素晴らしい。
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アルカザールとカテドラルが浮きがって見える


今日は誕生日1か月前の記念すべき日。でも、1ヶ月前と言うのはどうも
ゆっくり、夜8時30分からの夕食を待ちながら、実測したり、ベランダからトレドの街を眺めながらの裕福な
時を過ごした。夕食は、軽食ではあるが満足、満足な一日が過ぎた。


1月8日「SEGOVIA」見学


今回の旅行ではじめてのホテルでの朝食。朝食前、朝食後チェックアウト前に建物周辺を散歩したり、中世のまま残された場所、岩山の上まで出かけたり、日本人の親子との会話も楽しんだりの短い3時間がゆっくりと過ぎっていった。

パラドール岩.jpg


帰りもバスでと思ったが、12時までないとのこと。タクシーで、駅まで20ユール。
駅に行くという台湾の夫婦に同乗させてもらうことにした。
半額払うのでというと、“必要ない”とは言ったが、お金は大切にするものだと伝えて
同乗させてもらった。駅まで10分ぐらいだった。12時25分発の電車、1時間待つことになった。

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北東にあるロッカ(城)側からトレドの街を見るのも面白い。

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見学「セゴビヤ」


トレドを12時25分発、マドリッドに13時着そして、マドリッド14:40分発の電車でセゴビヤ15:07分に到着した。警戒のための荷物のチェックに時間が掛かり、出発が10分ぐらい遅れた。セゴビヤに着いたのが3時15分頃。下車した人たちが走っていたので、バスの乗り継ぎの関係かと思い、私も走った。おかげでバスに間に合った。街まで10分ぐらいか、終点だった。そして、予約済みのホテルまで歩いて、10分。少し離れているとは思ったが、目的の見学アルカサルに、近くてよかったようだ。今日も小降りの日だ。

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三ツ星ホテル 7800円 4m×3.5m、屋根裏、低いところで1m以下


「水道 セゴビヤ」は、1.3km×500mぐらいの小さな街だ。ローマ時代の水道と妻と訪れたカエサルの見学

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1月9日 マドリッドに帰る
8日の夜から雨が降り出した、翌日の朝4時も雨が降り続いた。6時30分に雨が止んだ。外は暗いが、7時10分にホテルを出た。

アルカサルを下の街から見たくて、急勾配の小道を下りて行った。薄暗い中を歩いて行く。岩の上に建つアルカサルのスケッチに良い場所を見付けた。スケッチするにはまだ暗い。周辺を散歩しながら、時間を費やした。

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今日は土曜日。マラソンの準備している人たちが数人行き会う。“お早う”と、みんな気軽に挨拶をする。旅ではないと味合えない光景だ。

少しづつ明るくなる。薄暗いときに見えなかった場所、箇所が次第に見えてくる。
とにかくすごいお城だと思った。そして、美しいロマネスク教会を見付けた。教会には入れ時間はなかった。

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昨日、城内から見て気になっていたロマネスク教会


急いでホテルに戻る。先に支払いをして、チェックアウト12時前に戻ることを約束して、水道を実測に行く。
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12時前にホテルに戻り、荷物を整理、3時に再度戻ることを伝えて、再度待ち見学をした。そしてホテルに戻りバス停に行ったが、3時45分発のバスは遅れて、次は5時15分とか言われたが、更にバスは遅れて、切符を買うのが大変だった。ここでもスペイン人に助けてもらった。マドリッドに着いたのは、午後5時頃だった。

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現地で見つけた三ツ星のホテル 78ユーロ


予約していたホテルに行く。荷物を整理をした。そして、今日、土曜日は無料のプラド美術館(午後6時~8時まで)とのことで、急いで行った。たくさんの人が並んでいた。まだ、1時間かかるらしいと言うことで、並ぶのを止め、アアルト展示館に行った。そして、何を食べたか覚えていないが、適当に食事をしてホテルに戻る。


1月10日 見学「エルコラーノ」

朝、5時に起き、朝7時にホテルを出て、少し行くのは迷ったが、Moncloaのバスターミナルから午前8時発のバスで、エル・エスコリアルに行った。9時頃に着く。世界遺産の修道院は午前10時からだったので、喫茶店で時間をつぶした。今日は一日、小降り雨が続いた。

当地でコックとして働いている日本人がいた。2つのレストラン働いているそうだ。喫茶店のオーナーから聞いた。イタリアのガイドブックに当時のチケットがあったので、40年前に妻ときたことも喫茶店で話した。

エル・エスコリアル見学
タペストリーに織り込んだ絵画のような美しさにはびっくりする。でも、あまり見学するほどでもない。アヴィラの街にもう一度行こうかと思ったぐらいだ。12時のバスでマドリッドに帰った。帰りのバスには、同じバスの人がたくさんいた。1時頃、バス駅に着く。半日コースの見学だったが、建物の見学より、色んな人の出会いがあったので、日本人、中国人夫婦などの出会いが楽しい。
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一度ホテルの戻る。スペインの高層ビルを見学しようと、ガイドブックを見せながら探した。近くまで、電車で行った。後は徒歩、雨、風とビル風で床から飛び出した大理石に足を取られて、転んだ。痛かった。荒々しい出来栄え、高層ビルを見るなら、やっぱり日本が良い。納まりもきれいではなかった。室内の冷たさ、大まかなデザイン。目地など。学ぶものは無いような気がした。
帰りは、バスと電車で

1月11日 最後の日 マドリッド見学


朝6時30分、支払いを済ませて、チェックアウト前に帰ることを伝え、観光、チェックアウト前にホテルに戻り、荷物の整理をして、荷物を預かってもらい、午前中は、モジュリアーニ、モネ、ピカソの絵など3~4点だけ見て、午後1時30分頃から広場の調査、スケッチ実測の作業を午後6時までした。

飛行場で果物ナイフを取られた。こんなに小さなナイフで、人は刺せないと言ったが、ダメだった。航空会社に相談するように言われた。バックを機内に持ち込まなければいいと言われたが、東京で取り出せなかったら、また時間が掛かって、採集に間に合わなかったらと思い、カンタスの女性に有名なメーカーのナイフなのでプレゼントをしますと言った。
無事にドーハに着き、2時間の待って、乗継をして時間通りに羽田に着いた。無事に当日自宅に帰った。そして、4時間の睡眠をして、施主の打合せに出席した。
果物ナイフ事件で、お土産は全く買えなかった。ただ孫の物だけになってしまった。

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60歳からのひとり旅Ⅵ スペインのマドリッド周辺 [60歳からの旅]

《60歳からのひとり旅Ⅵ マドリッドと周辺 》


今年、66歳の目的地はポルトガルのポルトだったが、仕事の都合と航空運賃を少し考え、マドリッドに変更。出費は、いつも通り25から30万円を予定したスケジュール。

出費の内訳は、航空運賃は78000円 、宿泊費は80000円、現地での交通費・食事・お土産などで約80000円合計25万円の出費。そして、仕事の都合で誕生日より1カ月早い、1月4日~1月12日までの9日間の旅行。

1月4日 羽田からカタール航空を利用し、0時15分発、 ドーハに午前6時30分,時間通りに到着。
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乗り継ぎ、ドーハのハマドの飛行場から6時間後、スペインのマドリッドに着いたのが、時間差の関係か同日の午後6時40分の予定が、一時間の差の午後7時40分に到着。そして、ホテルに着いたのは、午後9時15分だった。シャワーを浴び、荷物を整理しベッドイン。今日からマドリッドに2泊。

1月5日 初日は、市内観光を予定したが、朝早く、バスでアヴィラに行く。3時間の市内見学をし、電車で午後3時頃、マドリッドに帰る。そして、少し市内散策。
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1月6日 トレドに行く前に、マヨール広場中心に市内観光、9日から宿泊するホテルにスーツケースを預ける。そして、リュックだけでトレドに行く。午後3時頃、バスでトレドに行く。初日は城壁内のホテルに泊まり、2泊目は城壁を見渡せる、あこがれの丘の上に建つパラドールに宿泊。
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1月7日 スケッチと歴史の散策を目的にトレド市内見学。午後4時頃、バスでパラドールに行く。
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1月8日 パラドール・トレドでゆっくりした。午後2時頃、電車で、マドリッド経由でセゴビヤに電車で行く。セゴビヤで1泊。
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1月9日 セゴビヤからマドリッドに戻る。マドリッドに2泊する。

1月10日 マドリッドから朝早く、バスでエスコリアーノに行く。午後2時頃マドリッドに戻る
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1月11日 午後6時頃まで市内観光。3時間後、マドリッドからカタール航空でマドリッドを発つ。
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1月12日 羽田に午後10時50分頃到着し、13日朝0時40分頃、自宅に着く。お風呂に入り、就寝したのは、朝、2時頃だった。4時間後、自宅を出て事務所に打合せの準備をして、新橋に行く。

昨年のパリ旅行よりは少しゆっくりできたが、ローマでゆっくりしたかった。来年はもう少しゆっくりできることを期待したい。

<私の最近の旅行の方法・教訓を2つ紹介>


今年からの両替の教訓は、日本で両替することをお薦めする
昨年のポルトガルでは、苦労して良いレート先を見付けた。しかし今回は、日本の飛行場の両替の窓口では、9700円ぐらいが70ユーロだった。マドリッドには、ソールの駅の周辺に、両替商が7-8カ所あるが、1万円が50から65ユーロだった。海外では、円の価値が低いことを感じた。

ホテル探しの方法

1)キャンセルが出来るホテルを予約すること。
以前は、アゴダだったが、キャンセルが出来ないホテルが多いため、ブッキング・ドット・コムこちらを利用している。ローマに行く予定をキャンセルしたり、現地で事前に調べて、気に入らなくて、キャンセル。

2)ホステルとホテルの違いを、今回の旅行で感じた。なるべくなら、ホテル3つ星を検索したい。
ホテルの検索は、まずグレード、ホステルもホテルも関係なく三ツ星以上、一泊1万円を目安で検索した。そして、交通、買い物に便利な中心地を条件に検索している。
ホステル3つ星は、ホテルの一つ星に相当するとのこと。ホステルは家庭的で良いのだが、この歳になると、やはり、ホテルの3つ星を検討に捜したいと思った。
ホステルは、個人オーナーが経営した宿泊場所。狭い小さなエレベーターに乗り、2階か3階に上がり、ブザーを鳴らして室内に入る。フロント、ロビーが無い。少しさびしい感じがする。今回それを特に感じて、現地で探して、ほぼ同額のホテルを探し予約くした。



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65歳のスケッチ旅行 パリ 一口メモ [60歳からの旅]

《60歳からの旅 パリ旅行》


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パリの歴史散歩 「メトロにのって」 著者 ロラン・ドゥッチ 訳 高井道夫
この本には、魅力的な言葉がたくさん載っている。その一部をメモしておこう。

シテ島から旅をはじめる。揺りかごの形をした島
「シテ島にはパリの頭脳とこころ、そして心臓がある」

シテ駅はセーヌ川の水面下20M、パリの胎内の奥深いところにある。

セーヌ川の由来は、女神セカーナ

パリという名の発祥は、パリソールム
ローマ人が住む上ルテティア、シテ島にはガリア人、下ルテティアはパリソールム(パリシィ人の街)と呼ばれた。彼らは川のめぐみで生計をたてていた。

ローマ帝国がパリの基礎を築いた

パリは、港町?
魚屋さんが多いのも、そうなんだ。

ローマ帝国が誕生してから70年後の紀元前52年、シテ島はただの沼地

シテ島からイタリア広場を通り、ローマに通じる街道がつくられた

南からのローマ人はセーヌの川左岸を植民地として開発、北方からのフランク族は、右岸に街をひろげた。
ルーブル美術館は、フランク人の砦そして、宮殿となり今の美術館の経緯

この都市の黄金時代には、シテ島には凡そ1万人が住み、街はセーヌ川の左岸まで、伸長した左岸には街はなかった。






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60歳からの旅 スケッチパリ旅行 [60歳からの旅]

《Vosges 公園》


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少し暗くなって、ボザールという名の喫茶店に入る
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モンマルトルの丘
似顔絵を描いている人が、スケッチブックをもって、どうですか?と言って近づいてきた。

スケッチをしていたら、上手いねと言ってくれた。

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パリ市内のスケッチ

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