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60歳からの旅Ⅶ 2017年の夏 ラッキーな旅行 [60歳からの旅]

『海外旅行はひとりに限る』

友人と一緒に海外旅行をしたり、施主を案内して海外を旅行をした。しかし、金銭的、趣味の違い、お互いの気づかいなど考えるとが、やっぱり海外旅行はひとりに限る。

『ひとり旅』

「旅の目的」をもつこと

旅をする以上、何のためにこの旅をするのかという意識を持ちたい。‥何でも良い。
何の意識もなければ何も見えない、テーマを持って出掛けれると出掛けないのでは、収穫が10倍も違うのだ。

「素直な好奇心」をもつこと

見ようという目をもって旅をするのと、普段見えないものが見えてくる。風景の裏にあるもの見つけだすには、
ただ素直な好奇心さえあればいいのだ。そんな気持ちで世界中を今も歩きつづける。
宮脇檀「建築家の眼」1988年

そして、旅には観光の本以外、必ず一冊の本を持っていくようにしている。

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『私の旅のこころ』

「旅人は旅人。旅人しか見えないもの、出来ないことがある。」

友との旅は、常に金の出費、結構海外に出ると100円、200円がシビヤーになる。つまりは一層けちになるようだ。外人との会話のときなども一人の方が対応しやすい。

ひとり旅には、やっぱり外国語が必要。先ず英語が良い。

17歳のスイスの女性曰く、“スイスでも、仕事をするためには、英語が必要、私も勉強をする”と言っていた。
私は、英語とイタリア語を少しだけ話せる。スペイン、ポルトガルに行って、教養のある人はイタリア語で話しても、聞こうとしてくれる。でも、一般的に聞かれたのは英語で“英語が出来ますか?”という。英語で話しても、帰ってくる言葉は、往々にして、母国語だ。僕はどうすれば、と思ったりする。

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60歳からのひとり旅Ⅶ バルセロナとポルトのスケッチ [60歳からの旅]

『60歳からの旅Ⅶ』  スケッチ旅 
バルセロナとポルト

2017年7月23日の夜成田を出発して、7月24日午後1時頃バルセロナのホテルに着いた。

2017年7月24日~27日 バルセロナと日帰りでゼロ―ナ
7月27日~8月2日    今回の旅行の目的地のポルトガルのポルトとギラマンイス
8月2日~8月4日     バルセロナに戻る

バルセロナでスケッチする場所は、いつもゴシック地区、大聖堂付近。いつも同じだが、上手くならない。

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ひとり旅7バルセ2.jpg階段に座って、結婚の記念写真情景とか多くの様々な人種の観光している光景を見るのが楽しい場所だ。

















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未完成なガウディのサクラダ・ファミリア教会。新しいファサードは好きでない。今回も中に入らなかった。
街はずれにあるサンタ・コロマの地下聖堂。観光客は少ないのでゆっくり見学できた。近くで遊んでいる子供たちが貧乏だからお金、お金と言ったので、日本のキャンディーをあげた。近くの食堂で食事をしてバルセロナに帰った。


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ポルトガルのポルトは、バルセロナから飛行機で1.5時間程度、料金も往復2万円程度。
港町、美しい橋が何本もかかっている。橋を見たくて、街はずれまで5kmぐらい歩いただろうか?夜9時近くになり、近道をしようと細い道を歩いていたら道に迷った。このまま帰れないのではないかと思ったぐらいだ。フェンスを乗り越え、地元の人に助けられて、やっとホテルに戻ったのが、午後9時40分。オーナーの叔母さんが心配していたようだ。

ポルトは楽しい・美しい街だ。


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ポルトには、スケッチしたくなる場所はたくさんある。


『バルセローナ』の行きつけのバール

バルセロナには、大聖堂に近くに、行きつけのバールがある。朝6時30分頃からスケッチをして、8時になりモーニングをここで食べ、そして、夕方7時頃、氷入りのコルタードを飲むのが日課のように楽しんでいる。

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常連の客と働いている人たちをスケッチ、彼らに見せて会話材料にしている。



ひとり旅7バルセ一コマ3.jpgひとり旅7バルセ一コマ1.jpg


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ひとり旅7バルセ一コマ4.jpgバルセロナ大聖堂のそばの路地で演奏していた4人グループ、見学していた子供達が踊りだした。廻りの見学者は、彼らの演奏そっちのけで、笑いながら、子供たちの踊りに夢中。そして、演奏者4名も子供たちに合わせて、曲を弾き出した。子供に勝る芸はないようだ。子供は世界の宝物


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60歳からの旅Ⅶ バルセロナ 二分された街区 と建築 [60歳からの旅]

バルセロナは、毎回新しいことが見えるので楽しい

バルセロナでゴシック地区が一番好き。ホテルなど宿泊場所は必ず、この地区を利用する。ゴシック地区の門は堅固な構えを見せる。

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宿泊場所がアパートメントの場合もあるが、時間的なことが定かでないので、なるべくホテルの利用をしている。
アパートメント形式を、ポルトで初めて利用したが、快適であった。


ゴシック地区は、ランブラン通りを挟んで二分されている。


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東側が歴史、観光地、西側は一歩、中に入ると住居系が多い、広がっている。西側の生活レベルは、少し低そうだ。つまり、生活用品、水、ミルク、果物などの生活品は、西側がよさそうだ。でも、1日、2日の事ならどうでも良いか。街が見えてくると、けちになるようだ。

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60歳からの旅Ⅶ ポルト  [60歳からの旅]

『ポルト 街と建築』


バルセロナから飛行機でポルトに行く。ここを訪れるきっかけは生前大橋巨泉が永六輔の番組で、“ポルトの郊外で食べたイワシの焼き魚が美味しかった”と聞き。いつかは行きたいと思っていた。

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ある日、川沿いのルートを走るレトロな電車に乗った。そして、車窓から、外で魚を焼いている光景を見た。
翌日ランチに食べに行った。
何の魚を食べようかと、人のお皿を見たり、魚を焼いているところに行ったりして、相談して、「イワシとサラダミックス」を食べた。ただのイワシだが、美味しかった。

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『60歳からの旅Ⅶ ポルトの旅 2017年7月27日~8月2日』


『ポルトは、リスボンの第二の都市、美しい街並みと橋と新しい建築が楽しい街』

大西洋に隣接するポルトは、街を南北に二分するドウロ川が流れている。南側はポルトワインで知られ倉庫が立ち並び、ポートワインを運んだ帆船が浮かび美しい。
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南北とも丘陵地に築かれ、川に流れ込む形状をした起伏があるだけに山岳都市を思わせる楽しい光景だ。そして、ドウロ川にかかる6本の橋が、非常に美しい。一番よく知られ、生活に欠かせないドン・ルイス一世橋1886年は、エッフェル塔1889年を設計したギュスターヴ・エフェルの弟子が設計した。二重構造になっているこの橋は、上を電車と人が通る。下は車と人が通る。下層部だけでも174mある。
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ここから川に飛び込んで遊んでいた子供が、“飛び込むから金をくれ”と言っていた。この橋を見るためにポルトに行くのも良い。エッフェルの設計したドナ・マリア・ピア1877年、他の橋も美しい。






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エッフェルの設計したドナ・マリア・ピア1877年、他の橋も美しい。
この日は20km歩いた。そして近道をしようと、石段の細い急な道を上り、廃線になっている道に出たり、廃家の中を通ったりして、迷った。人に助けてもらいながら、やっとホテルに戻ったのが、午後9時40分だった。

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大西洋側の、車だけの鉄筋コンクリートの橋

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そして、次に楽しいのは現代建築の見学

日本を代表する建築家、「槇文彦」氏と5歳違い、1933年生まれの「アルヴァロ・シザ」がいる。槇さん同様、現役で働いている。設計を見る限り、良いおじいさんになっているだろう。設計事務所に行こうと思って、美術館の売店の女性と仲良く話したので、住所を教えてもらった。二人の日本人が働いているとのことだったが…。こんな年になって、伺うのもどうかと思いやめた。


『近代美術館』


外観は「シークエンスを大切にした建築、環境を取り込んだ建築」だと思う。
そして、「天井高さ、通路幅などヒューマンなスケールで分かり易い空間を創り出している」と感じた。


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『ポルト大学建築学部』

道を迷って、一度は諦めたが、美術館の売店の女性に薦められて、翌日探しに行った。大学を見学後、帰りに、イワシを食べに行った。

「シークエンス」を外部空間構成と同様に内部にも取り込んでいる。
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大学は休校日。見学者が多いためか、自由に校舎の中まで入れた。

広い敷地に点在するように計画され、近代美術館と同じ雰囲気がある。奇を狙ってもいない。ごくありふれた様々な顔を持つ空間の連続だ。

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営業している喫茶コーナーもあったので、外でコーヒーを飲んだ。50代の男性が一人コーヒーを飲んでいた。
その人は、建築を志したが、止めて技術者として働いているとのこと。どこを見学すればいいとか、事細かく教えてくれた。しかし、ポルトの見学日は今日が最終日。結局、彼が教えてくれた橋を見に行くことにした。


『その他の建築』
「Casa da  Musica」
何も言うことはありません。室内の音は良いのでしょうか?美しくはない、奇を狙った建築はこの歳になるを

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レロ・イ・イルマオン書店の向かいにある建物
世界遺産に登録されてからか、入店には4ユーロの入場料が必要。まだ、30~60分並ぶ。
並ぶのが嫌いなのでウロウロして、偶然向かいに楽しい建築を見付けた。
シザの弟子が設計したとのことを近代美術館の女性から聞いた。

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建物を二つに分け、屋上で結合させ、屋上庭園をここまで表現しているのは、素晴らしい。
地上のオリーブ畑にいるような気になる。不思議なのが、屋上でくつろいでるのが、ほとんど若い人達。
結構大胆なスタイルで、思い気ままに日向ぼっこをしている。
ブランコに乗ったり、ウエディングドレスの記念写真を撮る場所として、パーティ会場にしたり楽しい場所だ。

屋上から世界遺産になっている本屋さん良く見える。
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8月2日、ポルトからバルセロナに帰った、残り3日間を楽しもう。

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60歳からの旅Ⅶ「バルセロナ周辺とポルト周辺」 [60歳からの旅]

60歳からのひとり旅Ⅶ「バルセロナ周辺とポルト周辺」



冬よりは、日も長く、雨に合うこともなく、充実した日々だった。朝、まだ暗い6時頃から午後9時近くまで、街を散策した。但し、昼は一時間ホテルの戻り、休息をとるように心掛けた。

『今回の旅行目的』
スケッチ・広場探しと建築見学

ひとり旅は、今までで一番長い、7月23日~8月5日までの2週間。期間も長いが費用も一番高い旅行になった。7月24日から27日まで、バルセロナに滞在。26日,日帰りでゼローナ。27日から8月2日までポルトガルのポルト、その間一日は贅沢をして、ギマライスのポサーダに泊まった。そして、8月2日にバルセロナに戻る。3日までゆっくりし、4日にイスタンブール経由で5日、土曜日成田に時間通りに無事に到着、自宅には午後10時20分に帰宅。

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「旅行費用 34万円」
航空運賃が16万円、宿泊費が11万円、観光のための交通費と食事代が6万円(一日5000円)、お土産1万円。
一日、一日を充実したスケッチ・広場さがしの旅だった。時期が悪いが、仕事の合間を見ての旅。

先ず旅行を計画
1:旅行会社はHISで調べた。

2:ホテル探しは、BOOKING.COM
Agoda は、キャンセル料が有料のケースが多いので、ついつい忘れて予約することがあり、嫌な目にあったし
昨年、現地に行って決めたホテルを事前に見て、キャンセルした経験がある。
ホテル評価、旅行ブログ、観光案内の書籍で探して、決めた。

3:両替円高で大変な時期だった。
これが一番大変だ。。現地に行きと、1ユーロの差も大きく感じる。
地元の銀行で両替するのが一番良いレートだが、その銀行を見付けるのが大変.
今回は、日本で両替。両替について、20170720に、調べた.
結局は、土曜日に6万円、両替したために、大黒屋で両替した。
現地で1.3万円両替をした。90ユーロだった

両替方法は6つあることをメモに残しておく。
1)地元の両替商…店舗によって1割の差はある。
2)日本の銀行 レートでみずほは133.29、三菱東京でも133.27
3)空港内にある GPA132.78円
4)マネーパートナー 129.4円 但し、自分の口座を設ける必要がある為、1週間前には準備必要。
5)大黒屋 133.18
6)地元の銀行 銀行によってレート差はある。 0.7732+手数料


「旅行日程 7月23日から8月5日 14日間」
2017.7.23成田からイスタンブール経由 
    7/24イスタンブールからバルセロナ ホテルにはチェックイン前、午前11時40分だが、チェックイン。

    1)オスタル・パリ    3泊28000円あまりよくない。
    7/24、7/25バルセロナ市内見学
    7/26 ゼロ―ナに行く
    7/27 ポルトガルのポルトに行く
        ホテル イングレスに旅行鞄を預かってもらい、リュックサック一つで、ポルトに行った。
        バルセロナのタクシーストライキに合う。(私はバスなので関係ないと思っていた)
        税関が異常にこみ、ここで知り合った日本人は時計を紛失、私はベルトを紛失した。
        飛行機の出発も3時間遅れ。
    2)サンベント アパートメント 3泊26000円アパート形式が良い。
    7/27~7/30
    7/30 ポルトからギマランイスに行く

    3)半年遅れの私の誕生日を祝うための一日
     ポサーダモステロ デ ギマランイス 1泊19000円良かった。
    7/31ポルトに戻る

   4)レジデンシャルトゥリンフォ 2泊12000円広くて良いが、建物が古い。
    8/2ポルトからバルセロナ   09:10~11:55

    5)ホテル イングレス      2泊24000円最後に決めたホテルだ。
    8/4バルセロナからイスタンブール経由  18:55~23:20 
    8/5イスタンブールから成田  01:40~19:30
    帰宅 午後10時20分


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久しぶりのSYGK会20170713 [建物と街散歩]

久しぶりの『建築の散策 SYGK会』20170713

保険会社の地震調査で知り合った4人。
意気投合し、年に一回の建築・街散策を楽しむ会をすることにした。そして、今回は3回目。

先ずは佐藤氏の呼びかけで、初回は谷中銀座、二回目は安田氏の提案で、大磯の建築見学。そして、私の提案で武蔵美大から武蔵境と吉祥寺散策を楽しんだ。安田氏は50代、残り三人は60~70代。言いたい放題のうっぷん晴らし集まりである。 今回は急きょ、女性建築家の久坂さんの参加。

7月13日、10時に国分寺に集合。15分前に三人とも来ていたが、思った通りに、違う場所で待っていた。こんなに狭い場所でも、みんな思い込みがある歳。でも、ジャスト10時には顔合わせが出来たので良しとするか。
久しぶりに、2年ぶりだろうか、佐藤氏に会った。何となく雰囲気が違う、う…歳か?

西武バスに乗り、芦原義信氏の展示会の見学のために武蔵美大に行った。大学は住宅地域、文教地域(狭い道路を潜り抜けながら走るバス)にある。

まず、バスは大学前に停まる。最初に目に入ったのが、警備員集団。彼らの制服が気になったので尋ねたところ、警備会社の制服とか、環境・雰囲気を壊しているような気がした。そして、芦原氏はスケール感を大切(外部空間の構成)にしていたと思うが、大学らしくない、建物の乱立、芦原氏の設計のやりたい放題というのが、最初の印象。

芦原氏が亡くなった後を、大学の教え子が校舎の設計を監督している。そして、一度だけ図書館の設計・監理を外部(東大、ハーバード大の経歴に目がくらんだか)に頼んでいる。大学としての雰囲気、今までの建築手法を無視した商店建築デザイン設計。

マー日本人らしくてしょうがないか。アメリカ、ヨーロッパにしてこんな大学雰囲気はない。
1時間半足らずの見学、そして当社の事務所を見ていただき、井之頭公園近くのピザ屋さんに1時、井之頭公園見学、漫画家のまこと君の家を見て、2時30分までの集まりで、解散した。

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 『旅にゆくえ』 『名画の土壌』 『歌に詠まれる絵』 画家の世界 [私の読書]

日経新聞 『旅にゆくえ』『名画の土壌』『歌に詠まれる絵』から

「葛飾北斎」 洋画家 久野和洋

江戸時代後期の浮世絵師として活躍した葛飾北斎は、日本人画家として最も広く世界に知られた天才画人である。90歳の天寿を全うした北斎。

晩年の北斎が自ら書き残した文に「自分は6歳から物の形を写す癖があった。50歳から多数絵図を描いてきたが、70歳までの物は取るに足らず。73歳でやや生き物や植物のことが分かり、さらに研鑽し、90歳で奥義をきわめ、100歳で神の域、それを越えて描く一点一画はまさに生きているものであろう。長生きの人は私の言葉が妄言でないことどうか見届けてほしい」高名ながら生活は質素で、なぜか狭い借家を生涯生涯で93回も転居した変人。諸国を旅し、絵を描くことのみに生きた画人。


「ジャコメッティ」   洋画家 久野和洋

スイスに生まれたジャコメッティは、ジュネーブの工芸学校で彫刻を学んだ。パリで芸術活動を始める前、20歳の時にイタリアに約1年滞在し、ヴェネティアやローマを旅した。その間、チマブーエやジョットの絵画、中世のモザイク画、エトルリアの古代彫刻などを見て感動したと言う。新たな表現を求め、国境を超え、様々な時代の美を旅して自分の目を養い、独創的な表現を獲得した。
「自分が見ているもの、それに達する表現は難しい。いくらとらえても逃げてしまう」。画家・彫刻家のジャコメッティは、パリのカフェで友人の哲学者、矢内原伊作にそう語っている。
細長く凝縮された形の人物直立像が多い。

人間存在の真実追求「ジャコメッティ展」六本木の国立新美術館で9月4日まで



  「コロー」   洋画家 久野和洋

光と影についての鋭敏感覚と揺るぎない画面構成。そこに古典的で新しいコローの作品の特質がある。

家業の卸売商を継ぐのを断念、画家となる決意をし、本格的に絵画の修業をするためにパリからイタリアに旅立ったのが29歳のとき。ローマを拠点に約3年間、フィレンツェのほかイタリア各地を訪れ、多くを学んだ。
「自然に回帰することに飽きてはならない。自然を軽視すれば、二度と友でいてくれなくなる。自然は嫉妬深い恋人である」
巨匠ドロクロワは、「現代風景画の父」と高く評価した。
さらに、ゴッホ、セザンヌも影響を受けた。信義に厚く、人情家でもあったコローは、仲間からも尊敬され、愛された。1875年、独身のまま78歳で死去した。

「ゴッホ」   歌人 梅内 美華子

ゴッホの代表作の中で「ひまわり」は光、「糸杉」は闇と言われる。糸杉は、南仏アルルの地で精神に破綻をきたしたあとのゴッホの心の状態を映している。敬愛したゴーギャンとの共同生活は二カ月で終わり、自ら左耳を切り取った。アルル郊外のサン・レミにある療養所に入院中に糸杉は描かれた。

「ティツィアーノ」  歌人 水原 紫苑

この『ウルビーノのヴィーナス』ほど華麗で官能的な絵はまれだろう。挑発的な視線をこちらに向けるヴィーナスの脚の向こうに、貞節の象徴と言われる、小さな犬が眠った形をしている。だがよく見ると犬は薄目を開けてちらちらご主人様を見ているようだ。

「タナー」   洋画家 奥西賀男

タナーは理髪師の父の下、ロンドンに生まれた。母の病に苦しめられながらも、画家を志した。写真の無かった時代、画家は理髪師や大工と同じ職人であった。
海や船に興味を持ち、水のあるところを好んだ。当時流行の肖像画はあまり描かなかった。
秘密主義、住所は明かさず偽名を使うなど謎めいたところがあった。
天性の才能と頑固な反骨心によって、英国の最高の巨匠となった。
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「住まいのまちなみコンクール」旧山陽道『矢掛宿』 [建物と街散歩]

私の郷里『矢掛』が、国土交通大臣賞をもらった

何も自慢することが無いと思っていたのでうれしい。
両親も、唯一の友も他界して、ここ何年も家に帰っていない。何かさびしい。
今は長男の兄が全てを継ぎ、木材業を経営している。

私の家“矢掛の木材工場”と言えば、小田郡では誰でもが知っている。
昔は金貸し、金庫の中の貸付台帳を何冊も見た記憶がある。早くから、ステレオ、レコード、バイオリンとあったが、私は一つも身に付かなかった。

テレビも町内では、早くから買い、近くの人達が見に来ていた。1960年代、父が日産スカイラインを乗っていた。冷蔵庫も購入したのが早かった。お手伝いさんも二人いた。などなど思い出がある。
小学校・中学校の頃の思い出は、小田川の魚とり、自宅のピンポン、運動会の800m、マラソンランナーなどなど今思えば、楽しいことの方が多いかな‥‥。

父も亡くなり、母も五年後、あっという間に亡くなった。二人とも非常に元気だったのに、孫の介護・手術をしてもらって、両親も満足してあの世に行ったことだろう。


「住まいのまちなみコンクール」旧山陽道『矢掛宿』

審査員 日本建築士会連合名誉会長 藤本昌也

2013年度 第8回となる今回は国土交通大臣賞を「備中矢掛宿の街並みをよくする会」が受賞した。

『評価のポイント』 藤本昌也氏

矢掛の歴史は相当古く、生みの親が何世代にもわたっています。本陣・脇本陣がともに現存しているのは大変珍しいそうです。先ずはその歴史の厚さに注目し、誠んぞ先祖ががんばってつくってきた街並みを行政任せにせず、住民たちで費用も、知恵も出し合って保存、再生することで今の生活を豊かにしようという育ての親の自立した姿勢を高く評価したのです。また、「花いっぱい運動」や観光ボランティアの養成など様々な活動展開し、継続的に成果を上げています。 

 とかく矢掛のような歴史的地区では、まちを“凍結保存”してしまいがちです。それでは生活がなく、映画のセットになってしまう。しかし矢掛にはちゃんと人がいて、生活があります。「ハードではなくソフトが大切だ」と言われるゆえんです。しかし、一方で、ハードがしっかりと仕込まれていると、すまい手も街並みづくりに目覚めるものです。ハードも大切だと言いたいですね。以上

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私の人生は70歳 [歳とること]

『わたしの人生は70歳』


私の人生は70歳と決めている。私が60歳になったときに決めた。そして、今また再度その意志は強くなった。

廻りの友人が亡くなる。2012年12月9日、郷里の友、彼がいるからこそ帰るのが楽しみでもあった。そして、今年になり、NFで派遣社員として採用されたときの担当、小林課長の亡くなるまでの姿を見てきた。顔に艶が無くなり、小さくなり、声もかけられないような姿になり、知らないうちに姿が見えなく…そして、亡くなったことを知った。54歳だった。そして、最近、非常にお世話になっていた人が亡くなった。

『わたしの人生は70歳』と決めた時には、仕事の裏付けのようなものがあったからこそかもしれないが、その時に2つだけは守ろうと決めたことがある。

1:夕食は妻とふたりでする。

2:年に一度は、自分への褒美に海外旅行をすること。

そのためにも、仕事を見付け働かねばということは当然わかっていることではある。
昨年、2016年3月8日に契約が破棄されたことを告げられた。

人生計画の収入が途絶えた時、妻から背中を押されて
4月1日から、N社の派遣社員になり、新しい環境で働いた。67歳の誕生日も、N社で向えた。
“大丈夫ですか?”と何度も言われながら、色々があったが、新しい環境で新しい設計監理の姿勢を
知ったことは、私の知識になったことは、大きなことだった。

「常に、学ぶことを忘れないように生きること」の大切さも教えられた。

詩人ルイ・アラゴンのいう「教えるとは共に希望を語ること。学ぶとは真実を胸に刻むこと」


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私にとっての『Stay hungry 、 Stay foolish』 [歳とること]

今日20161122 日曜日で、一つのお仕事はお休み。もう一つの仕事は、あります。
というわけで、休みのない私は、朝、5時10分に起き、パンと牛乳の朝食しながら、テレビを付けると「戦争を知らない子どもたち」“きたやまおさむのテレビの寺小屋の講座で『人の裏と表』、フ~ン なるほどと思いながら‥見て、朝一番のバスで自宅を出た。朝一番と言っても、午前5時52分のバス。

武蔵境に7時10分着、事務所に行く前に、街のこころよさ、私の立ち寄るお店、スタバによって1時間ばかり、“コロンビア”コーヒーを飲みながら、スタッフの若い女子たちと冗談を言いながら、図面を見たりしながらと、ときを過ぎし、事務所に来た。今日はいい天気だ。

私にとっての 『Stay hungry Stay foolish』

スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で語ったスピーチ。最後に「Stay hungry, stay foolish」で締め‥

私にとってこの言葉の意味はなんだろうかと考えた。
歳をとるにしたがって、どうして?と思うことが少なくなる。また尋ねるのも恥ずかしくなるかな‥、人は人と思うし、色んな事は無視するとか、“日経夕刊20161022 子供の「なぜ」と格闘 無着成恭の言葉でく質問しない国は滅びる‥ >”を思い出した。

さて、私にとっての、この言葉は、“常に何かを求め、世の中の様々なことに興味を持ち続け、そして世の中の流れに身を任せて生きていくこと


成田 あゆみ/1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。の訳では以下の通り。
hungry:過去の成功を捨てること。身軽でいること。心から好きなことを見つけるまで立ち止まらないこと。自分には何もないと自覚すること。自分の心と直観に従うこと。
foolish:多数派の信じることに反してでも、自分の心に従うこと。成功を捨ててゼロからやり直すこと。本当に好きなことを見つけるまで立ち止まらないこと。








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