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縄文 と 弥生 [建物と街散歩]

登呂ムラ
静岡
登呂遺跡3.JPG


登呂遺跡の見学に行って、少しだけ縄文と弥生の違いが気になった。

登呂の遺跡は弥生時代後期の登呂ムラを地形を含めて復元したものだ。ここで見つかったものは、農耕作業としても遺跡。

今読んでいる今野敏“特殊防諜班 連続誘拐”に書かれている紀元前722年頃、つまり縄文時代に、サマリアを追われた一部のイスラエル人が行きついた日本、彼らの文化と関係するのかと思ったりした。
縄文時代 前14000年頃 – 前3世紀頃      弥生時代 前3世紀頃 – 後3世紀中頃


また、登呂博物館の人は、元はと言えばユダヤ教と関連していると言っていた。“イスラム、ユダヤの彼らは大陸を歩いて一日5㌔、40年をかけて大陸の地の果て、日本に渡ってきた‥”

さて、何が違うのか?登呂遺跡は弥生時代のものだ。縄文時代は1万年間続き、その後の弥生時代は600年。どのようにして分類して、どうして分かったのかは考えず、そのまま信じることにしよう。

現在2015年、弥生時代よりは長いが縄文に比べればわずかな年月だ。
東京オリンピック最初が1964年、次回は2020年。この時代の変化を考えても、すごいことだと思うが、当然ながら、昔は今ほどの変化、進化のスピードは遅かったのだろう。
しかし、文化、様式、道具などの変化はあったと思う。
日経新聞に、面白い連載記事があったので、切り取った。

縄文器001.jpg


縄文0921.jpg

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