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遅れてきた友人の年賀はがき [学ぶこと]

「遅れて届いた友人からの年賀はがき」


昨日20180117、友人の光枝氏から、遅れた年賀はがきをもらった。彼のパースを見て、或いは、北欧のミステリーを見てかもしれないが、今日朝午前3時30分に目だ覚めた。7時間寝ないと、今日一日が‥と思いながら、ベットの中で、今の仕事のこと、建築のこと、年齢のことなど考えて、眠れなかった。5時に起きて7時に事務所に着いた。

光枝氏のパース.jpg

米子の東光園/建築家 菊竹請訓設計

凄い建築。今もなお、求め続けるデザインが凝縮されていると思った。


「私の好きな建築家」

大学から数えると、半世紀50年間建築に携わっている。
設備、構造とは違い、解答の無い世界、「意匠設計」だから、今も続いているかもしれない。施主探しから始めて、設計と監理まですべてを一人でするわけだから、気苦労の連続。常に施主の方向を見て設計するので、なかなか作家性の建物とはならない。また、作家的な実力の有無は別にして…。

でも好きだから、ここまで続けられた。今も建築界で生き続けている。これしかできないから、しょうがないが…。

40代、50代と新しい建築家は生まれいる。
今もなお、変わらない好きな建築家は、誰もが知っている、元ボクサーの安藤さんでもなく、世の中の注目の隈さん、伊東さんでもない。吉村順三氏槇文彦氏坂茂氏、そして昨年より好きになったポルトのアルヴァロシザ氏だ。彼らの設計に共通することは、【建築と環境のつながり】がある。

建築は、新しく造り出すのでなく、環境から生まれ、見つけ出して、造り出すもの。
建築は環境を変える力がある。良い方向にも、悪い方向にも変える力があるだけに、建築は重要であり、大切にしていきたい。
また、世の中の流れがデザインを生み出すから、デザインは生き物だ。だから、デザイン、デザインと追いかけても、つまらないなどと考え始めたのが最近。
来月の2月で68歳。住宅作家の宮脇さんより、5年も長き生きているわけだから、こんなことを考えた。

「今の設計」

「武蔵野の住宅」の階段と日比谷の「新虎通り沿いの小さなビル」の階段のこと
「武蔵野の住宅」は、基本設計完了が明日、19日。敷地条件から東南の方向の角に階段室を設けた。これは、階段が生活の中で一番大切だと思ったから。
寝室は、寝るための場所、リビングは家族の談笑、テレビを見る場所。しかし、人の動きのある階段は、一人で何かを考える一時の場所、また一日の始まりであり、一日の終わりを告げる場所。つまり、人をつくり出す
空間と考えた。
「新虎通り沿いの小さなビル」の階段は、デザインしない手摺、上に上がりたくなる階段でなければならない。


「60歳からのひとり旅Ⅷ」

妻とふたりで、訪れた思い出の場所、ストックホルムの市庁舎スエーデンのアスプルンドの設計した森の墓地の見学をしたくなった。

「これからの生活」

仕事と生活、好きなことはいつまで出来るか、4月には新しい仕事が見つかるだろうか、小さなビルは、3月末に完成、住宅は今年いっぱいだが…。どうなるやらと思うと サー起きようか


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七草がゆ [食べること]

七草がゆ

子供の頃、覚えたと言う『七草がゆ』は、聞いたことがある程度で、内容については全く覚えていない。
年齢的には恥ずかしいことかと思い、ブログにメモをした。(朝日2018.1.13、今さら聞けない)

【今年2018年の正月】


ここ数年は、お婿さんが持ってきてくれる「年越しそば」を、義父と義姉家族4人と私達家族4人と孫2人(3歳と3カ月)と、合計11人、みんなでテーブルを囲んで食べた。

そして、翌日、元旦は、「妻が作ったおせち料理」。但し、三が日でなく二日間。
おせちも飽きるので、二日目の夜は、すき焼きも食べた。そして、江口宅でおしるこをご馳走になった。
などと考えると、結構たくさんの物を食べている。

その点は胃腸を休めるためにも“七草がゆ”は行事食として、理にかなっているようだ。

『七草がゆ』


“せりなずな、ごぎょうはこべら、ほとけのざ、すずなすずしろ”

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≪せり≫は、豊かな香りは食欲増進、≪なずな≫は別名ぺんぺん草、解毒の薬効がある。≪ごぎょう≫は、風邪予防、解熱。≪はこべら≫目に良いとされるビタミンAが豊富。≪ほとけのざ≫は、胃薬。そして、≪すずな≫はカブ、と≪すずしろ≫は大根、共に消化を助ける。
とは書いたけど、全く頭に入らない。

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武蔵境 三人の友達 [友だちとの会]

『三人の友達 武蔵境』


2015年6月7日、武蔵境の近くに事務所をもつ友人3人で、武蔵野茶房で食事をし、近くのスタバでコーヒーを飲んだ。情報交換というか、何をしているのかなど近況の話をして、憂さ晴らし。

ここ4年の間に、大切な友、池尻君、早崎君、宮崎君、立花君と他界した。自分だっていつまで生きているなどと考えながら、事務所、家に一人でこもっていると、将来先々のことをマイナーに考えがち。本当は酒を飲みながらなのだろうが。

三人とも、スタッフ有無はともかくとして、設計事務所の代表者。
それぞれ、時間に縛られるのでなく、自分の生活リズムに合わせて働いている。中央にいる、疲れ顔の私は、土曜日、日曜日、祝日は、ほとんど休むことなく、と言っても、いつも仕事をしているのではない。今、ブログを書いているように、事務所を書斎代わりにも使っている。朝7時頃から夜の6時まで、事務所のあるこの武蔵境にいる。時間があると、スタバに行く。

ここに事務所を開設して、24年目になる。ここまで来ると、他人の作った建築を見る気はしない。参考のためには、見学するのだが。
若い頃と変わらないのは、美しいものを見ることだ。素直に見て、美しいもの。子供であったり、女性であったり、花であったり、先週の土曜日は、久しぶりに休日として、日本海を見に、寺泊までドライブした。

この次は、御殿場に行って、富士山をみようと思っている。
まあ、年金生活が出来ない私の場合は、仕事をして、一日一日を大切に生きていこうと思っている次第です。


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2年と6カ月ぶり、2018年1月3日、前と同じ店、武蔵野茶房で食事をした。

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毎年の4人会NTS [歳とること]

「同窓会」


今年で4回目だろうか?定例のように集まることにしたのは、何年前になるのだろうか?

60歳を過ぎると色んなことがある。子供の結婚、孫が出来たり、他界、年金生活など

先ずは、生きているかどうかの確認だなー。


周辺に何が起きったって何をすることもできない。でも、ただ顔を合わせるだけで、

何か昔に戻るような気がする。すぐ、40年前の大学の頃の話、若い頃の話がでる。

僕も今年は2人の友人が他界、その前の年は親友と初孫と。でも、今年は念願の男の孫が生まれた。

建築の仕事で、一番忙しい年にもなった。

人生、プラスマイナスゼロと考えればいいのかなー。



定例になってから、群馬から来る高橋君のことを考えて、浅草で会うことに決めた。初回は、タワーは工事中だった。

蕎麦屋に行き、お茶を飲み、ビールを飲み、また1年後を約束してお別れ。

そんな4人の健康な、おじさんの集まりだ。

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2016年

一年たって、変わっただろうか?

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人との出会い [建物と街散歩]

『人との出会い』は愉しい

新しい人との出会いは、私の人生の中で楽しいことの大きな一つだ。

旅先で、言葉の障害はあるが、人との出会いほど楽しいことはない。バルセローナには、“王の広場”の近くに、行き付けのバールがある。バールの店長の女性に、必ず声を掛ける。先方は何と思っているか分からないが、警戒心が必要のない日本人の特権かもしれない。

広場でスケッチをし、開店8時前、朝一番に行く。そして、午後4時頃に行く。昨年は、お客さんをスケッチをして喜んでもらったなど、人との出会いは、こちらの態度一つだ。会話が嫌いな人もいるので、その時の一瞬の状況判断は必要。人づくりのノウハウだ。

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NTTでの仕事で、二人の同年の友と出逢った。K建設では、色んな人(寄書11人)に助けられ、業務をこなしてきた。これは、自分の特技?かもしれない。人間が好き、裏返して考えると、好き嫌いが激しい。

K建設で、施主に提出する資料作成には、施工関係の人達の協力なくして完成はしない。
私の上の人は、常に上から目線、上司にはぺこぺこ、YESManだが、下の私達には、幾度もの資料変更と、出来ないスケジュールを押し付ける。一度作業がノロいと言われ、切れ…。すぐに辞めようと思ったが、K建設の上の人から『ノロい人からノロいと言われれば、腹も立つだろうが…』などと、頼まれ辞められなかった。
私も人が良いと言うのか…。


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退社する前に、お世話になった若い人たちに寄せ書きをしてもらった。
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仕事も学ぶことたくさんあります [設計の仕事]

『NTTの仕事』“『K建設の品質監理の仕事』

建築業界では代表とする規模の会社。『NTTファシリティーズ』は設計業界では5本の指に入る、また『K建設』も大手5社の一つである。さてここで、何を学んだのか、少し考える。


『NTTファシリティーズ』2016年4月~2017年6月
日本の通信建物の改装、改修工事の設計監理をする仕事。設計者が書いた図面を、忠実に施工業者が行う工事を施主の代行となり監理を行う。日本の通信の神髄のため、責任の重荷は大変なものだ。選挙があるときは地域によっては工事が中止になる。

また、どこかで事故が有れば全国の工事500~600ぐらいかが工事を中断しなければならない。その間の設計料も、工事費の支払いも同様にストップ。普通の企業なら経営が成り立たない。
それほどに、監理の責任の重荷は大変なものだ。
ここで、設計監理は何か、“設計者はただデザインをしていれば良い”と言うことでないことを、知った。また、社内(派遣、外部の人同様)の勉強会、試験がある。そして、施工会社の管理者も同様に、勉強会と試験も行われている。
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『K建設』2017年8月~2017年12月
有楽町駅前に立つ、(仮称)新日比谷プロジェクト延床19万㎡35階建の品質監理を手伝った。
施主に引き渡す前、法的に問題が有りそうな箇所と事故が起きないように監理をする。
施工的に、法的に問題点を見付け、是正工事を指示する。是正前と是正後を書類を提出する仕事だった。
当然だが施主である三井不動産には、非常に気を使う必要がある。

ただ三井の担当者は、サラリーマン、安全な方向ばかりを考えて、海外の仕事(私の経験)とは違い、事務的に処理されることが多い。



『共通する人間関係』


この最大手の共通することは、人間関係だった。担当の上司が悪ければたいへん。
私の担当者が、共に上から目線の人、パワーハラ行為だった。

家に帰ってまで、会社の事が気になる。絶対健康に良くない。
自分の仕事で、常に考えるのは当然ではある。しかし、立場が違う、健康には良くない。
NTTでは、気の良い課長(私の入社時の担当者)にがんが見つかり、入退院を繰り返し、私が退社する前に痩せて、他界するまでの姿を見てきた。何とも辛く、いたわしいものだ。K建設では、作業がノロいと言われ、本人は居眠りをしたり、上司にへらへらするばかりだった。絶対に残業はしない姿勢で、約束期間を働いた。

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『学んだこと』

このような、大会社での労働であったが、学ぶことはある。≪仕事の流れのマスターする≫と≪各工事の施工計画書≫どちらも、当然分かっていることである。
しかし、施工会社にまかせっきり、構造に、設備がどうにかしてくれるだろうと思っている一面があった。
ということで、施工管理の勉強が必要と思っている。

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IMC日比谷ビル 地鎮祭20150727 竣工引渡20171228 [設計の仕事]

《地鎮祭》


2015年7月27日(大安)、今日が施主と施工会社との契約日でもあり、地鎮祭日ともなった。
事務所を持って、27年目に入った。麻生設計、浦辺設計では、この規模の経験があるが、自分の仕事としては初めての大きな仕事。
施工会社 北野建設、一度は一緒にしてみたいと思っていた一つの会社である。

北野建設と協力して、「施主にお喜ばれる建物」であること、つまりは工事が無事に、スケジュール通りにつつがなく工事が進むことを祈るばかりだ。

余談だが、誕生日が2月7日でもあり、2と7という数字は、私にとっては縁起の良い数字だ。

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私が鍬入れをしている。


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確認申請 業者選択 根切りの工事まで設計監理をしたが、英語が出来ないと言う理由で、2016年3月に監理者が変わった。アトリエ系の建築家黒嶋氏は、“人が設計した建物を、監理だけを受けて、仕事がよくできるのだ”。と思った。
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竣工した建物を見て、施主との交渉が大変だったろうと思う。また施工の北野建設も、最後までよく頑張ったものだと思った。


『仕事の経緯』


2015年12月から19ヶ月の予定が、2017年11月末、実際には、ダメ工事完了、引渡が12月28日。規模5400㎡、鉄骨造12階建て、工期24か月つまり5カ月間遅れの竣工と言うわけだ。
IMC日比谷ビルは、『TSAO Hibiyaビル』と名前を変え竣工。後は、新しい入居者が決まることに頑張ってほしいものだ。

私の人生は、この仕事を中心に人生設計をしていた。かなりのショック(65kgの体重が、54kg)を受けた。
契約を破棄、2016年の3月、休息する経済的な余裕もない。直ぐに新しい仕事に移行した。4月からNTTビルの設計監理、2017年8月から12月までK建設の品質監理の仕事をした。どちらも、監理の仕事をした。
これらの仕事が終わると同時に、IMC日比谷ビルが竣工するのも、何かの人生の縁かもしれない。

この20カ月近くの監理は勉強になった。今までにない自分を見付けたのではないかと思う。
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11人のお友達の寄書






『2018年 私の心がまえ』


大波小波の私の人生、たしか、順調な時も何年間はあった。ここ、しばらくは、他人の事は気にしなく、自分の仕事に専念する。4階建ての鉄骨4階建て、60坪の事務所ビルと木造2階建て、33坪の住宅だ。どちらも自分の設計監理の仕事。
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甘味処 竹むら [食べること]

20171201
記念日1に行く甘味処『竹むら』


今日2017.12.01は記念するべき日、『神田のやぶ蕎麦』と『竹村』に行った。

安田氏が安田不動産に営業、私がNエンジニアリングにはじめての営業の面接日を記念日とした。

安田不動産が、新橋、新虎通りの一区画を買い占めている。1区画のほぼ4/5を買占めている。残りの1/5区画を全て手中できれば、建物の規模は17万㎡の建物が建てられる。

残りの区画には4つ建物が残っている。その一つの建物の所有者と偶然知り会いになった。
その人と話が弾み、安田不動産の交渉等を聞いた。息子の代になっているが、本人は売るつもりはないとのこと。それで、IMC日比谷ビルの経験を生かして、新しい仕事に繋がるかと思い、安田と関係のある友人に持ちかけた。営業の結果は、ダメだった。すでに、松田平田設計が銀行の筋から手を付けていた。ワクワクした1週間、一瞬の若返りかもしれない。

そして、私は人形町の大手会社、Nエンジニアリングを友人の紹介で面接した。67歳の私だが、性格か、技術を買ってくれたのか、2018.03頃から手伝いすることになった。

などなどあり、安田氏とお互いの結果を話し合う場所として、淡路町の『神田のやぶそば』に行った。帰りに、ウロウロしていたら美味しそうな甘味処『竹むら』を見付けた。ここの田舎しるこは、美味しかった。


≪20171228 半年ぶりにNTTの友人とこの店で≫


午後1時、小川町の駅前で会うことにした。私は30分ぐらい前に駅に着いた。駅のそばにスタバを見付けた。携帯にメッセージを送り、スタバで会うことに変更した。神田の蕎麦屋の『まつや』で昼食、食後『竹むら』に行くことを計画。

5分前に友人Kが到着。彼の指示で、小川町にしたものの、そば屋が何処にあるか分からないので、近くの年配の人に尋ねた。突然に尋ねたものだから、友達はびっくりしていた。“海外旅行が多いから、道に迷ったらすぐに尋ねることにしている”と、彼に冗談交じりで話した。これも僕の性格なのだろう。

『まつや』の前には、20~25人待っている人がいた。Nが“並んでまで食べたくないので、あそこのゆで太郎で”と言ったが、“めったに食べにくるものでもないし並ぼう”、と言うことで並んだ。

後ろに、年配の二人連れが並んだ。同年輩の男性と50歳後半の美人系の女性。女性との会話から「男性は茨城で、蕎麦を作り、この店に卸している」とのこと。「近くのやぶ蕎麦のまつやが空いているかどうか見てくるとの…」、とい会話を聞いて、私も一緒に見に行くことにした。

やぶ蕎麦の方がたくさんの人が並んでいたので、二人して、元の列に戻った。
20分ばかりして、店に入った。隣にアメリカ人が座った、少し話しかけたが、理解してもらえなかったので、前に座った先ほどの二人連れの人に話しかけた。

彼から「何を注文すれば」と聞かれて「まずはもりでしょう」。と言ったら、茨城の人は、かけともりを、女性は大もりを注文、そして私達も大もりを注文した。その男性は、粉こを確かめるためだろう。と思った。味は“やぶ蕎麦よりも美味しかった”。

そして、彼に『竹むら』の話をしたら、既にコースに入っているとのこと。また、気さくな美人女性とも会話を楽しんだ。その間、友達Kは黙っているので、「友達も茨城なんです」と彼を紹介した。やっと、会話に中に入ってもらえた。
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そして、私達が先に出て甘味処『竹むら』に行った。少し遅れて、先ほどの二人連れが来た。友だちは、御膳汁粉、私は田舎ぜんざい 彼らは粟ぜんざいだった。

4人連れのような雰囲気で、会話、デザートを愉しめた。一層、美味しかった。

友人Kは、他人と話をあまりしない、慎重派だから楽しかったかどうか?

昨日のメールでは“楽しかったからまた会おう”とメールをもらった。良かったと思った。

『たべること』 と 『楽しむこと』 と 『人と知り合うこと』は同じことかもしれない。

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住宅設計 武蔵野市 [設計の仕事]

『住宅設計』

建築の設計を平成2年7月に事務所を開設して、27年になる。

設計で一番難しいのが、住宅。

また一番楽しいのが住宅、また採算の合わない仕事も住宅。

ずーと武蔵野市の境南町で事務所をかまえている。
最初の頃は、三鷹市とか武蔵野市で住宅、マンション、リフォームの仕事をしていたが、
後半は港区の事務所ビル、リフォーム、住宅+事務所の設計監理の仕事がしめている。
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来年3月の竣工する事務所ビルは、港区の新虎通り沿い、敷地面積18坪、延べ床面積が192㎡、鉄骨4階建ての事務所。








久しぶりの武蔵境の『住宅設計』


60歳から海外で、広場の実測・スケッチをくり返している。
やっぱり、ヨーロッパが良い、アジアも行ったが疲れる。若い頃は、インドとか、中国奥地にもあこがれた。
もう疲れて、そのエネルギーはない。相手のエネルギーを吸収して、それに勝るエネルギーが無いと本当の観光は出来ないと感じているので、やっぱりゆったりとした歴史を持つヨーロッパだ。
歳とともにものの見方が変わってくるようだ。

ということで、住宅の見方、造り方、考え方、も変わったかもしれない。エネルギーみなぎる住宅設計はできない。足元を見る住宅、住まいを考えたい。

最近の気温、太陽光は異常。
確かに省エネは大切だ。床、外部から温度に影響されない建物のための
二重サッシ、外部の温度の影響が少ない工法の普通の住宅で良い。

それよりも、【物語をつくる住まい空間】をつくっていきたいと思っている。疲れない住宅が良い。



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藤沢周平著 「用心棒日月抄」を読む [設計の仕事]

藤沢周平著 「用心棒日月抄」を読んでいる。自分と似た人生で、自分と重ねながら読んでいる。

細谷又八郎、禄高百石、馬廻り組の28歳である。藩の仕事で、脱藩して江戸で用心棒しながら藩のために働いている。余裕な金が無く、「諸職口入れ」の吉蔵から仕事を受けながらの生活をしている。
何か自分と重なる。

『自分を考える』


建築を大学で学んでから、ずーと建築だけの仕事をしている。建築事務所に勤めてから、年数を計算すると40年になる。腕前は又八郎よりは、細谷源太郎かもしれない。

独立して、設計事務所を開設し28年になる。忙しいときがあれば、暇な時があった。15年前からだろうか、暇なときは、派遣会社で働いている。60歳になってから、年一度の海外旅行を人生の唯一の楽しみにして生きている。

昨年4月から、NTTファシリティーズ中央で派遣で1年と半年近く働いた。そして、バルセローナとポルトに行った。帰国後、今年8月から、週4日間、日比谷で鹿島建設の品質監理の仕事をしている。NTTF中央での設計監理に比べると、非常に忙しい。

派遣社員として働くときの条件は、設計はしない。施工会社では仕事をしない。と決めていたが、面白そうだからと思い、ついついしてしまった。

全てが未熟な我が人生70年、何をしても無駄なことはない。全てが人生経験。と思っている。

しかし、上の人から“トロトロして”、言われながら、もう67歳だからしょうがないとは思うが、やっぱりムッとする。
残業してがんばろうと思ったが、定時に帰った。人を使うのが下手だなーと思った。

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